マラソン

2019年5月 6日 (月)

心房細動・カテーテルアブレーション後のマラソン その4

念願の「還暦」「心房細動・カテーテルアブレーション」「別大完走」が実現しました。

51060147_1883021185141666_18974767026662

51644413_1881751951935256_37379586996882

 

 

52688558_1905998786177239_89925418026700

3時間28分32秒 ネット3時間27分47秒

これで現在の要項であれば、2021年:64歳までエントリーできます。

これから、心房細動でアブレーションを受けるかどうか、考えておられる運動愛好家の参考になればと、アップしました。

 

 

2019年1月 6日 (日)

フルマラソン練習法

<フルマラソンの練習法>

Kは2004年の淀川市民マラソン、加古川マラソンで3時間30分を切りをして、東京国際女子マラソン(一般の部3時間30分・国際の部3時間00分)の出場を資格を得ることができました。本格的に練習するために、イーアスリートに入会し、鈴木彰氏の指導を直接うけることにしました(有料)。毎週メールのやり取りで、指導を受けていました。その後ねらったレースは取りこぼしなしに、3時間30分切りを続けてきました。
2015年以降は故障と不整脈で、走れなくなりました。やりすぎにご注意ください。

Img020               <東京国際女子と別大はグロス>

eA式マラソントレーニングの本は、市販されています。
Kのコーチを15年近く行い、体験したことをお話します。

 トレーニングの基本的考え方(イカちゃんの私見を含む)
1)個人差があるので、万人に共通の練習法はない。

2)年齢は大きな要素である。(スピードと練習後の回復力)

3)ウルトラも、トレイルランも楽しみたいのであれば、フルでベストのパフォーマンスを得ることは困難(楽しみ方は人ぞれぞれ)。
4)レースは秋と春の2本に決める(予備に入れるのは可)
5)レース数が倍になると、達成感は半減する。

 具体策(例)
1)期分けをする。(プロジェクト
320完遂記参照)
5
月・6月は、LSDと坂道ダッシュ、510kmのレース
7
月は、金剛山とか滝畑ダム。トレランではい。金剛山では下りは歩く。年齢とともに、下りで故障しやすくなる。
8月からは、狭山池で距離走を行う。体感重視。
20kmから。eAトレーニング表を参照。
9月 30km・35km・40km(レースペースの8085%)
10
30km・35km・40km(レースぺースの9095%)
11
月 疲労抜き、スピードトレ、調整する。
そして秋のレース(大阪、神戸、福知山など)

2)「余裕度」を重視して、追い込んだトレーングをしない。毎週練習するのであるから、疲労をためない。追い込んだから、トレーング効果があると言うわけではない。

3)短く、速く走る練習は不要。イーアスリートに入会する前は、Kのパタパタ走りを修正するために狭山池ナイトラン(チームK)1000×4本のインターバルをしていた。そうするとK352秒までタイムが上がったが、フルマラソンのタイムとは関係がなかった。

4)距離走だけでなく、週一回のミドル走(1215km)を必ず行う(最後はレースペースのマイナス10秒。できればLSDもできると完璧である。LSDもやり過ぎない。

5)1~2カ月に一回血液検査を行い、貯蔵鉄(フェリチン)を測定する。鉄のサプリを服用する。


<プロジェクト320完遂> ランと山登の日誌 2009217

ランの楽しみ方は個々人それぞれ。ファンラン中心でレースでそれなりに走るのも楽し。フルとウルトラを取り 混ぜてワイワイ遠征するのも楽し。トレイルラン中心の山走りも楽し。マスターズに登録し、トラックをおりまぜた本格的ランを追求するのも楽し。レースには ほとんど出ずにマラニックを楽しむのもよし。
イカ&Kは、「フルマラソンをきっちり走りきること」に楽しみを見つけています。

週末の「距離走」、月2回のチームK練習会(木曜ナイトランIN狭山池)と狭山池を中心に練習しており、狭山池の皆さんには仲良くしていただいております。

このたび昨日の09215日泉州国際市民マラソンで「プロジェクト320」は完遂しました。この1年間の練習内容を詳しく(長文でごめんなさい)ご報告いたします。

「フルマラソンをきっちり走りきる」を目的にしておられる方の少しでも参考になればとまとめました。

まとめてみて、よくもまあ。。。一年間こんだけモチベーションがたもてたなあ。。と我ながらびっくりしました。Kがもう少し若かったり、もう少し身体能力が高かったら、これだけの練習をしたので、3時間一桁ぐらいまでいけたかもしれません。が!これだけは克服できないことなのであります。ただ、これだけのモチベーションがたもてたのは、「東京国際女子マラソン」に出場できるということの意識がおおきかったのだと思っています。そういう、大会がなくなってしまったのがとても残念です。Kレベルのランナーがエントリーできる国際大会の存続を期待しています。

2001年長野マラソンで初フルを4時間46分54秒で完走したKは、昨年の泉州国際市民マラソンの時、自己ベストを更新し3時間2216秒でゴールしました。その持ちタイムで、08年東京国際女子マラソン(最終大会)にエントリーすることができました。

08
3月から「プロジェクト320」を立ち上げ、東京国際女子で3時間20分切りをねらうプログラムで始動しました。

4
月・5月は、芦屋ファンラン・堺シティーマラソン・三塚マラソン(4341秒で自己ベスト)と10kmレースを3本走りました。

その後は、チームK練習会(木曜ナイトランIN狭山池)でもスピードを追求するランは封印し、6月は土台を強化するためにLSDと、狭山池の外側のスロープを使った、もも上げ・坂道ダッシュにて筋力補強を行いました。7月に入ると暑くなりなかなかペースを上げることはできませんが、週末の朝に狭山池で20km走から開始しました。関東と違い、特に大阪の夏は異常に暑いので、「体感」を重視しタイムにはこだわりません。「追い込んではいないけれど、 LSDほど楽ではない」「余裕度を体感」しながら走るペースです。そのペースで20kmから週1回始め、8月の最終週には30kmまで距離を伸ばしました。
9
月から本格的な走り込みです。毎週末に30km・35km・40kmと距離を伸ばし、その後ややスピードを上げて再度30km・35km・ 40km(10月の第一週)と6週間の走り込みを実施しました。ミドル走の封印を解き、チームK練習会(木曜ナイトランIN狭山池)でも440秒ペースで走り出しました。
30km走の例>
9
20  26:30 26:06 26:08 25:55 25:46 25:06 (給水タイム含まず)
10
11 25:25 24:57 25:04 25:09 24:54 24:16 (給水タイム含まず)

ところが!
11
16日の東京国際女子マラソンに向けて1ヶ月前の1018日に3回目の40km走をする予定でしたが、33kmで「余裕度ゼロ」となり、伴走していた「いかコーチ」が35kmで打ち切りを宣言しました。

その後1023日は雨の予報だったので、Kは仕事帰りに一人で狭山池で12kmのミドルを開始しましたが、44050秒どまりでペースが上がらず。

「スピードが上がらない」という報告を聞いたとたん、貧血だとすぐに気がつきました。
http://ikachan42195.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-bc39.html
貧血に陥っていても、強度の低いロング走では顕著にその症状が現れてきません。ミドル走のスピードダウンで判明しました。
一旦陥った貧血は「食事療法」や「サプリメント」では回復は不可能で、「治療」が必要です。その治療(鉄の注射)と平行して、ランは継続しました。

10
25日は大泉で30km走。
23:51 23:51 23:55 24:00 23:56 23
58 (給水含まず)「いかコーチ」の見事な伴走でしょう。これが最後のロングです。

11
2日に淀川市民マラソン(ハーフ)は1時間34分でした。(昨年より1分遅い)

その後貧血の治療も平行して行い、116日に特別ナイトラン(10km)を行いました。
4:14 4:14 4:16 4:19 4:20 4:21 4:22 4:22 4:23 4:17
 10km:4314秒で 10kmの自己ベストを練習で更新しました。

レース1週間前は「速くもなく・遅くもなく」の20kmをこなし、東京国際女子マラソンに望みました。

11
16日の東京国際女子マラソン
22:57 23:07 23:32 23:42 23:45 23:53 24:16 24:53 10:14
中間点1:38:34  ゴール3時間2019秒(グロス) 残念ながら19秒残してしまいました。

数ヶ月をかけて積み上げて準備してきたレースを走ると「オールアウト」となりまた一からの積み上げです。と言っても夏前からの「地足」はできています。レース後11月は休養し、12月からまたLSD。1213日に20kmの距離走から開始です。
12
20日 25km
12
27日 30km
1
2   35km
1
11日 30km TB大泉ペース走
1
17日 40km
25:04 24:59 24:57 25:03 24:57 25:05 24:38 24:27
3
時間1910秒(昨年3時間1925秒)40km走のベストです
1
25日 大阪ハーフ 1時間34
2
1日  南大阪駅伝

残念ながら1月に入り、「諸般の事情」にてナイトランの参加が困難で、「ミドルペース走」が出来なかったのです。
そこで、27日は20kmビルドアップにしました。24:49 24:23 23:14 22:14
で、本番を迎えました。

スタート地点を初め、コースの各地で大勢のラン仲間・遊び仲間からの声援に後押しされハーフの通過が1時間3729秒 ゴールが3時間1901秒(ネット3時間18分39秒)で、 「プロジェクト320」は完遂しました。
23:00 23:08 23:20 23:16 23:19 23:28 23:45 24:52 10:53
東京国際女子・泉州とも(福知山もそうですが)、最後に登りのあるタフなコースですね。

一緒に練習していただいたり、伴走していただいたり、励ましのお言葉など暖かいご支援により達成することができました。本当にありがとう御座いました。

ケイちゃんの東京国際女子マラソン完走記

2018年11月26日 (月)

心房細動・カテーテルアブレーション後のマラソン その3

62歳のおっさんが、3ヶ月の練習で3時間30分切りを達成できました。

 

 

ケイちゃんが2005年から最終回の2008年まで東京国際女子マラソンを4回走り、完走しました。その間、eアスリートに所属し練習法を教えてもらいました。現在はその内容が出版されています。

 

Index

 

46643975_1786099661500486_742891929

 

8月は80.6kmしか走っていませんでした。(黒部源流薬師沢右又日帰り単独遡行はしましたが)11月25日の大阪マラソンにあわせて、9月から本格的練習を開始。無事3時間26分03秒で完走できました。その要点をまとめてみました。

 

 

30km→35km→40kmを2クール繰り返し、木曜日は月二回ミドル走。残り一ヶ月は疲労抜きと調整。ピークをレースにあわせることができました。

 

46688941_1786099694833816_428570858

9月15日 30km 6分12秒ペース

 

9月22日 35km 6分22秒ペース(蒜山でアップダウンあり)

 

46700787_1786099644833821_3591625_2

 

10月6日   40km 5分42秒ペース

 

10月13日 30km 4分59秒ペース

 

10月20日 35km 5分15秒ペース

 

10月27日 40km 5分14秒ペース

 

46678163_1786099611500491_3697668_211月4日 ハーフマラソン 4分46秒ペース 1時間38分18秒
11月8日 木曜ナイトラン12km 4分32秒ペース

 

46648879_1786099608167158_370308585

 

 

 

2018年8月18日 (土)

「すべてのシリアスランナーに警鐘をならしたいと思います(経済評論家:内橋克人風)」

夫婦で心房細動になったランナーより

 

昨年の4月8日に発作性心房細動(PAF)でカテーテルアブレーションを受けました(小松病院)。ケイさんもPAFであることがわかりました。

 

夫婦は遺伝子を共有しておりません、食生活は一緒ですが、「きっちりフルマラソンを走りきる」ことを楽しみに、約15年間走り続けてきました。ケイさんはおそらく6万キロは走ったでせう。心房に常に強い負荷がかかっているだろうと、循環器内科医。

 

 

 

29249975_1469361953174260_792464405

 

 

 


なかなかいつ起こるか分からない発作性「心房細動」をとらえることは難しい。触診でかなりわかるのですが、なれていないと難しい。24時間心電図をつけても、その時に出ていなければ検出できません。このオムロンの家庭用。液晶では見にくいのですが、プリントアウトするとよくわかります。数万円の投資が必要ですが、心房細動→脳梗塞→寝たきり・葬式代を考えると安い。「今日は心が折れて走れなかった」場合、実は不整脈で走れなかったのかもしれません。

 

 

 

29244325_1469346323175823_759675521

 

 

心房細動・カテーテルアブレーション後のマラソン その2

27749971_1968845890021665_589638248

平成30年2月の第67回大会の別大マラソンは、カテーテルアブレーション後の初のメインレースでした。

 

 

なんとしてでも完走するという強い意志のもと、平成29年12月に走り込みましたが、30km手前で、ふくらはぎに痛みが、2回出現。それでも月間走行距離は280kmまで伸びました。

 

 

年を越して30年1月に痛みが続くので、MRI撮影。「不全断裂」の診断。別大はDNSと覚悟したのですが、せっかくなのでスタートラインには立とうと、スタートしましたが、やはり、25kmでふくらはぎの痛みが強くなり、棄権しました。 残念ながら、「還暦・心房細動・アブレーション後」の別大完走を実現したかったのですが。。。

 

 

27540006_1430214800422309_510288029

2017年12月 3日 (日)

心房細動・カテーテルアブレーション後のマラソン その1

4月8日の発作性心房細動のカテーテルアブレーション治療後、経過は順調です。

 

2017月10月8日
<龍馬脱落マラソン>
42km走するつもりで、足を温存しながらの登り。んが、7kmでふくらはぎに痛みが。3km我慢したけど10kmで途中棄権。
2006年の泉州マラソン。30kmを2時間04分で通過。余裕あったのに、そこからの登りで、ふくらはぎをいわして、歩き。それを思い出して、棄権したので、シーズンは終わらないと思ふ。歩けるし。

 

 

 

22228247_1322229401220850_308397424

 

 

 

10月29日
<金沢マラソン>
昨年の年代別6位が3時間27分だったので、入賞ねらいでエントリーしたが。。龍馬脱藩マラソンで故障したので、42km走として、走りだす。
<最後尾作戦成功:7000人抜き>

スタートしても、前がつかえてキロ7分ペースしか走れない。これがいいんです。前に整列すると、集団で移動するから、走りすぎる。案の定3kmでふくらはぎが張ってきました。深いところに違和感が。やっぱしダメかなぁ。もう少しもう少しと、10kmで違和感消えてきました。それからも、ペースを上げずにエイド食べながらゴールまで。7000人抜き。ケニアガル高校出身の駅伝選手と桁が違うぞ!笑

 

 

 

22853157_1340797069364083_596527965

 

 

 

 

 

11月5日
<淀川市民マラソン(ハーフ)ペースメーカーは15kmまで>
11月26日の大阪マラソンのための練習レース。1時間40分(キロ4分40秒)のペースメーカー。15kmでペースメーカーが失速。グッチさん(1時間39分)、ケイちゃん(1時間38分)は無事完走しました。
ムーさん、ハイヂさんは、年代別優勝。おめでとうございます。ハイヂさんは、2位に7分差の圧勝でした。

 

 

 

23167589_1346944552082668_456801659

 

 

 

23316370_1346944562082667_746980797

 

 

 

 

 

 

 

11月26日 
<大阪マラソン:家内のケイさんの伴走:復活傾向だが、取りこぼし>

2015年の2月の別大後、故障したケイさん。2年半ぶりに3時間30分切り(グロスタイム)をねらい、スタートラインに。春から、やるべき事はすべてやりました(eアスリート方式)。残念ながらスタートはCゾーン。号砲がなってスタート位置までくるロスタイムが約2分30秒〜3分とかんがえておりました。予想通り2分27秒のロスタイム。嘘つきの自己申告ランナーがかなりいるので、スタートしてもペースがあがりません。3時間24分ペースが4分50秒。それをすこし越えるタイムを設定しており、「伴走職人」は走りました。中間点を越えるところで、3時間30分のペースメーカーに追いつき、給水点で、追い抜きました。積極的、攻撃的にケイさんは走ります。30kmで、余裕度アリと見たのですが、、。さすがに、2半半ぶりのガチのレース。

 

フルマラソンは、事前にレースタイムで42kmをはしることができません。ゴール直前に、足が攣る事はいままでにもあったようですが、35km手前で、足に痙攣が起こり、失速。心肺は心配なかったようですが、残念ながらの、初めての取りこぼしレースでした。

 

10km手前では、長女のタカコンと孫の弾丸ハルトマンが応援してくれました。(娘婿は当直ごくろうさん)。孫もできたし、2年半の「加齢」と「ガチレースなし」で、頑張ったと思います。来年2月の京都マラソンにむけて、「修正」していきます。

 

その後「たよし」の飲み会は大盛況。やっぱり遊びは「真剣」にせんとおもろないという結論になりました。

 

 

 

23844932_1365591800217943_916621607

 

 

心房細動・カテーテルアブレーション・マラソン

2017年に発作性心房細動を確認。その後アブレーション治療(自分の勤務する小松病院にて)を受けました。治療を受けるにあたり、心房細動でアブレーションを受けられた、ランナーのブログが参考になりました。その恩返しに、自分の体験談をアップさせていただきます。

 

60歳 男性
既往歴:50歳より高血圧症にて内服加療
現病歴:20歳頃、健康診断にて不整脈を指摘される。(VPC、SVPC)

 

以後、検診にて不整脈が検出される時とされない時あり。30歳代でホルター(問題なし)

 

時々胸部不快感あり。触診にて不整脈を確認していた。
数年前より、不整脈で走れないことが、2~3カ月に一回程度あり。

 

2019年1月16日朝、胸部不快感が通常ではないので、外来にてモニター装着。
自分でAfと診断。
内科主治医に連絡
心電図、心エコー、採血(甲状腺機能)、
ホルター心電図施行

 

経過観察することに。
その後も、胸部不快感あり。

 

 

2月5日 別府大分毎日マラソン出場
スタートでは不整脈を自覚。 最初の給水で消失。以後自覚なしで、還暦別大ゴール

 

http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/030/849/47/N000/000/000/149839938886983143178_27A65412-91C2-4D7D-AD86-5150177A62A4(2).jpg

 

2月16日 再度Afを確認。 アブレーションを決断

 

 

 

<周術期>

 

ベプリコール(一週間前から休薬)
イグザレルト服用
4月7日(金)入院 剃毛・導尿
8日(土) アブレーション 仰臥位にて安静
9日(日)歩行可能
10日(月) 退院
術後 イグザレルト1カ月(3カ月を短縮)
    ベプリコール3カ月

 

 

 

<患者としての感想>

 

1)発作性心房細動を見つけるのは、困難なこともあるが、偶然発見することができた。
2)不整脈の根治療法が開発された。医学の進歩は著しい。
3)新しい治療法は長期予後がわかない。
4)術中の鎮静は大変ありがたい。今回、導尿が一番つらかった。 看護師さんはやさしかった。

 

 

2013年9月23日 (月)

自由と可能性:面白い山登りは管理されない

4回北アルプスパノラマトレイルを速足で歩きながら、頭の中で、グルグルめぐっていたのはこの歌でした。


原真氏の「快楽登山のすすめ」からの引用です。”間違いだらけの登山”を斬る。自分本位に登れば登山は楽しい。孤独を楽しむ、これが快楽登山の精髄である。 商業主義や集団主義に陥った登山を初心に戻す。

-----------------------------------------------------------------------------------
登る速度を自分の体力に最適なところへもってくるためには、単独行がいちばんよい。単独でなくてはならぬということはないが、同行者の数は少ないに越した ことはない。せいぜい3人、いくら多くても6人までであろう。それ以上の人数による集団登山では、なかなか快感を味わうことはできない。自分のペースを発 見しにくいからである。昨今は、中高年を中心にした観光バスを繰り出しての、「おきまりの山へ、おきまりのルートから登り、寿司詰めの小屋へ泊まる」と 言った手軽で依存型の集団 登山が、自然愛好家の眉をひそめさせる時代でもある。こういう時期には、山に登る楽しみの質を、もう一度原点から考えなおしてみることも必要ではないか。

-----------------------------------------------------------------------------------
世の中には競馬馬のような登山者もいて、一緒に山へ登れば、必ず競争意識をむき出してスピードをあげる。登山には「速く登って速く下ってくるのが安全」とい う原則はあるものの、速く登ること自体が登山の目的ではない。時間記録だけを求め始めると登山家は堕落する。自分のペースを発見し、快楽登山へもってゆく ことがあくまでも大切。とはいえ、人はいろんな動機で山へ登るものだから、一律に論断することはできない。山に登るのに、案内書はなるべく読まないほうが よい。地図と磁石だけを頼りにして登るのが一番。案内書を読めば発見が減り、それだけロマンも失われる。山へ登ることの一番大切な楽しみは発見であり、自 身で発見しようとする気持ちのなかにこそ、ロマンがあるのだから。本当なら地図も持たないのがよいのだが、それでは時間もかかるし実力の裏付けもいる。妥 協して地図と磁石だけは持ってもよい。私としてはそんな気持ちだ。登山に熱中している中高年諸氏には、まず無計画登山をすすめたい私だが、それでも不安だ というのなら、せめて地図と磁石だけで山を歩くよう心がけてもらいたい。そうすれば登山の喜びも倍加して、満足度も増すこと請け合い。

-----------------------------------------------------------------------------------
面白い山登りをやるための第1条件は、「自分本位」になることだろう。「他人本位」 の山登りではちっとも面白くないということは、まだ社会通念になっていない。日本人が、山に限らず一般に物事を楽しむ能力に欠けているのは、他人本位だか らである。封建時代の遺風が残っているお国柄といってよい。この遺風を打ち破らなければ、面白い登山はできない。

自分本位の人間とい うのは、自分の考えをもっている-少なくとも、もとうとしてい る-人間のことである。こういう人間は他人の考えを尊重する能力を持っているから、たがいに協力しあえる。一方、他人本位の人間というのは、自分の考えを もっていない-またはもとうとしない-人間のことである。この種の前時代に属する人間たちは、自分が考えをもたないのと同じに、他人も考えをもつべきでな いと思っている、こういう人間たちには、集団に対する従属や支配(おなじものである)の感情はあるが、個人としての自己表現の精神にとぼしい。彼らは、他 人の犠牲になるかたわら、自分でも他人を犠牲にして生きていこうとする。他人本位の人間は、山登りを楽しむ自己能力にとぼしいから、とにかく売名のための 登山や山の政治などをやりたがる。この場合の政治は代償行為のことだから、人民のためになる本当の意味での次元の高い政治ではない。一種の無原則人間とい う意味での政治的人間である。日本は、いままでは政治家不在の国だった。登山界は、その最も典型的な例である。自分本位の山登りをやるためには、まず他人 本位の人間を自分の周囲から排除しなければならない。少なくとも、他人本位の人間たちの犠牲にならないよう細心の注意が必要で、これには相当の知識と勇気 がいる。

2013年9月21日 (土)

登山家→ランナーへ

時間記録だけを求め始めると登山家は堕落する(原真)
時間記録を求めなくなるとランナーは凋落する(イカ)

仕事がら盆休みはありません。夏休み最大のイベントです。913日ゆっくり準備して、愛車イカスミ太郎で、富山県は立山駅前の民宿に。

 

P1010534

914日 大会が準備してくれたバスでスタートの折立登山口へ。太郎平までの登りは何回目だろうか。学生時代山岳部の夏合宿で、劔の真砂沢定着で、八峰・チンネでロッククライミング。その後富山に下山してここから再入山。黒部源流赤木沢、五郎沢、雲ノ平から高天原。その後黒部上の廊下を下降。婚約時代にKと赤木沢。小松病院山岳部の縦走で。単独縦走。そして一昨年、昨年の赤木沢へのアプローチで、今年のワンディ。8回目の登りです。

 

午前715分スタートの予定が10分遅れで725分スタート。事前に持ち物をチェックされます。今年のラン仲間とのワンディ登山は、劔早月尾根でしたが、小生のぎっくり腰にて変更。この折立から薬師岳日帰りになりました。小生は、テントキーパーでしたが、ペットボトル1本とPENTAXをぶら下げ、太郎平往復。登りは2時間を切りました。今回は、水2リットリに雨具、行動食、防寒具など、小屋泊まり登山の装備でしたが、、、、

 

P1010540

918分 太郎平到着 1時間53分でした。到着順位は6位でした。お天気はよし。これからが気温もあがり長いので、「カップヌードル」を食べました。この塩辛いスープが元気の元ですね。

 

P1010551

1100分 順調に高度をかせぎ薬師岳頂上。薬師岳山荘で昨日お風呂で話をしていた徳島のランナーを抜きました。30年ほど前にKと来た時は雨だったなあ。ここからが長いのは折り込みズミ。薬師岳のピークを超えてから、もう一人ランナーを抜いてしまいました。今回は登山靴です。一歩も走っておりません。早足で下っている時、一度前向きに転倒。膝を打って、手首を捻挫。。戦意喪失気味で、スゴ乗越小屋に向かって下降しました。

 

1256分 スゴ乗越小屋到着。昨年までは14時までにスゴ乗越小屋に到着したランナーは、五色が原小屋まで行くことが出来ました。ですがスゴ乗越小屋から五色までコースタイムは6時間10分もあるので、五色到着時間が遅くなるので、今年からはスゴ乗越小屋関門が13時になりました。スタートが10分遅れたので、1310分でした。小生は4位でした。関門ギリギリまでに8位までのランナーが到着。彼らは休息の後、スタートしていきました。小生は、最初からスゴ乗越小屋泊の予定でしたので、留まりビールです。北アルプス全脊梁踏破のために、薬師岳~五色が原間を歩くのが目的での参加です。各山小屋に大会役員が無線機を持って、通過ランナーをチェック、スイーパーと呼ばれる最終ランナーの後をフォローするボランティアがいてくれます。本日は立山登山マラニック女性の部三連覇をされている方でした。彼女は「登山靴」をはいていました。よ~わかってはりますね。その後続々と言っても10名ほどですが選手が到着します。山小屋前で、ビールを飲みながら和気あいあいとお話。みんな、トレランシューズにトレランウエアー。小生のみ登山ズボンに登山靴、「一歩たりとも走っておりません」と言ったらビックリしていました。

 

915日 午前6時スタート。スゴ乗越小屋泊組は、一の越から立山三山を縦走せずに、直接室堂山荘ゴールをめざします。昨日のタイム順でスタートなので小生がトップです。後のランナーに、ギックリ腰で一ヶ月練習できてないので、抜いてくださいね。と言って、スタート。これからアップダウンの連続です。

 

740分 越中沢岳 雨なので雨具を着ての歩きです。走れるところなんてほとんどありません。下りもソールの硬い登山靴が有利。つま先踵も岩に当たってもトレランシューズにように痛くありません。トップランナーだったらトレランシューズかもしれませんが、エエ年のおっさんはやっぱり「登山靴」ですね。「登山家」で参加したつもりが、順位表彰はないながらも、タイムを計測してくれて、順位が出るので装備は登山ですが気持ちが「ランナー」に変身してきました。なんとしてでも一位をキープするぞ! 

心臓バクバクしながら登ります。時々後を振り返りながら。どんどん2位が離れて行きます。アップダウンのあるところで、前にランナーが見えると、後続ランナーは闘志を燃やすので、見えないぐらい離さんとあかんなあ。。。もともと2位とは前日のタイムですでに小生が30分上回っているので、一位ゴールは間違いないとはおもうんだけどなあ。。。

 

P1010564

901分 五色が原山荘 もう気持ちは「ランナー」になっていました。雨の中山荘で休憩したいのですが、万が一後続ランナーが到着すると、俄然2位はハッスルするだろうから、山荘ではチェックを受けただけで、雨の中、カーブして自分の姿が後から見えない登山道で給水して行動食をほうばりました。そこからも、心臓バクバク、口から飛び出すまで登ります。ザラ峠を通過してガンガン登っているとザラ峠を下ってくる2位が。。さらにガンガン。もう「完全燃焼」です。登山においては、「余裕度」が「安全」なのですが、もう「余裕度ゼロ」。

 

1015分 獅子岳 雨は降ったりやんだりしております。予想より早く到着。ここからまだ長いなあ。。。けど「行くぜ!」。ヤスヒロドクターだったら「龍王岳待っていなさい」と書くんやろね。ヘトヘトになりながら、、もう後は見えません。これからまだまだあるなあ。 と思った瞬間に小屋が見え、、すぐそこが一の越山荘。昨日の五色組のスイーパーの方が、もうすぐですよ~と。雄山がガスで見え隠れするなか、一の越からのコンクリートの道を、ガンガン下ったのでありました。

 

P1010568

1145分 雨が強くなるなか11時間12分で室堂山荘に無事一位でゴールしました。昨年31kmの部の一位より1時間30分ほど早かったようです。
奥田教授ご夫妻と雷鳥荘にて、温泉&宴会なので、すぐに雷鳥荘に向かいました。

遊びに求めるもの「クリエイティブ」

時間記録だけを求め始めると登山家は堕落する(原真):時間記録を求めなくなるとランナーは凋落する(イカ)

フルマラソンは,自分の肉体と精神を切り離し,事前の準備状況と照らし合わせ,刻々と変化していく肉体を別の次元からコントロールしていく知的ゲームでもある.<イカのサブスリー達成記より>

このたび第四回北アルプスパノラマトレイルに参加します。本日は夏休みを取得しており、お昼に愛車イカスミ太郎にて出発。立山駅前の旅館に宿泊(大会指 定)。そこから専用バスで折立まで移動してスタート。ゴールの室堂で荷物を受けとり、立山登山後の奥田教祖様ご夫妻と「雷鳥荘」に宿泊・温泉と飲み会。翌 日、イカスミ太郎で帰阪です。

山登りは、現在の自分の実力(体力、技術、経験)を鑑みて、計画立案。下調べ(ネット検索をやりすぎると面白味半減)して実行。そしてその時の天候が大き な要素です。その計画立案過程と実際の山行時の状況判断、そして困難に立ち向かうその姿勢。撮影山行などでは「ねばり」。そこんところが「クリエイティ ブ」なのですが、今回のような、レールを引いてもらった「トレランレース」のような大会では、クリエイティブなところが欠落しております。実際に参加した こともないのに、そんなことゆうて。となるので今回は参加してみるわけです。

翻って、マラソンを考えると、マラソンのクリエイティブなところは「フルマラソンは,自分の肉体と精神を切り離し,事前の準備状況と照らし合わせ,刻々と 変化していく肉体を別の次元からコントロールしていく知的ゲームでもある.」そして「時間記録」を求めなければ面白くない。大会での順位、記録が必要で す。フルを走るんであれば、自分たちで長居公園を15周すればエエわけで、それやったらおもろないやろう。小生のランナーとしての賞味期限はもう終わりか けているので、熊野古道ランの続きと、四国お遍路ラン続きに移行していくでせう。歩きしかできなくなると、オールドレンズを装着したカメラでお散歩に。

遊び=「自己目的的活動の報酬」と言うことができるでせう。

より以前の記事一覧