山登り

2018年8月18日 (土)

心房細動・カテーテルアブレーション後の山登り その3

<薬師沢右俣単独日帰り遡行:そーいうことだったのか>

 

 

沢登りをするのに「地図」があります。「遡行図」と言います。薬師沢左俣、赤木沢は、ネットでしらべても多くの記録がヒットしますが、「薬師沢右俣」はほとんどありません。黒部の山奥まで来て、薬師沢右俣に行く沢屋はいないのか? 

 

 

ボクは、山登りを初めて43年。「赤木沢」が日本国でいっちゃんキレイな所だと思います。黒部源流の山深いところ。通常、一日では到達しません。今回の薬師沢右俣も、通常日帰りはかなりハードルが高い。

 

 

初見の沢なので、イザと言うときに懸垂下降ができるように、ハーネスとザイル、エイト環持参しました。山深いところなので前日に「プレッシャー」あり。その緊張感があとになったら「イイですね」と言えます。

 

 

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折立に下山して、愛知大学の遭難慰霊碑に参拝しました。

 

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午前3時15分 折立
5時35分 太郎平
7時00分 薬師沢第3渡渉点から入渓
7時35分 ミニゴルジュ
8時15分 ナメ
11時00分 稜線
12時30分 太郎平
15時00分 折立
11時間45分の完全燃焼

 

核心部が少なく、赤木沢に比べて沢としての魅力すくなし、源頭部がガレで延々と続き、体力勝負・精神力勝負。こら〜わざわざ沢屋はいかんやろう。なので「遡行図」が存在しない。

 

 

 

 

2017年12月 3日 (日)

心房細動・カテーテルアブレーション後の山登り その2

4月8日の発作性心房細動のカテーテルアブレーション治療後、経過は順調で、今シーズン3回目の北アルプスでした。

 

2017年㋇26日

 

<槍穂ワンディ敗退記:もうろくジジイになったな>

昨年の劔ワンディ仲間から、アッキーとくろちゃんが参加。黒部源流赤木沢は偵察に行って、核心部の大滝のまき道のルンゼが崩壊して突破するには、もう少しクライミング技術がいりそうなので、槍穂ワンディに変更したのでありました。お二人とも、フルマラソンは3時間一桁。比叡山のトレランレースに出たりしています。

 

ジャヌー北壁やカンチェンジュンガ北壁を登攀した、東京医科歯科大学山岳部の坂野俊孝は「登れるドクター」と言われていました。
くろちゃんは、今年御岳160kmを走って、2週間後の富士山登山競争を完走している「走れるドクター」。 

 

8月25日 大阪〜上高地〜横尾
26日 横尾(1時45分発)〜槍平(2時55分)〜天狗原分岐(4時30分)〜天狗原(5時15分)〜天狗平分岐(5時50分)〜槍肩の小屋(7時15分着〜9時00分発)〜天狗原分岐(10時40分)〜槍平(12時15分)〜横尾(13時25分着)〜徳沢園泊
27日 徳沢〜上高地〜大阪

 

 

 

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午前1時起床でヘッドランプを付けて、1時45分出発。途中から強雨となり、ペツルの強力なヘッドランでも、前方が見えにくい。眼鏡が曇り、眼鏡を時々なめながら歩く。冬にこれをしたらドツボです。天狗原分岐で、地図はみているんだけど、な〜んも考えずに、90度間違えてしまいました。どんどん歩いて、天狗原まできて、道間違いに気づき、引き返す。1時間20分のロス。稜線に近づくと、強風で、濡れた体に吹き付け体温が低下。肩の小屋に入り、カップヌードルを食べ、ストーブにあたる。加古川マラソンの参加賞のTシャツは、ニッケが作って「毛」が混ざっており、信州大学山岳部が海外遠征で使用している素材とほぼ同じと聞いております。ボクとアッキーはそのTシャツを着て、さらにボクは山シャツをきていたので(体脂肪率もあるか)、体温低下は軽度でした。トレラン用のうすいシャツと雨具のくろちゃんのダメージが一番大きかった。

 

 

 

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風は強いが、天候が回復してきたので、初見のアッキーは穂先に。縦走はあきらめ、下山開始。これまた、な〜んも考えずに、東鎌尾根を歩いてしまいました。殺生小屋に降りる道、ヒュッテ大槍から降りる道があるのを知っているので、殺生小屋経由で下山。天候がどんどん回復して青空になる。体温ももどり、元気に下山したのでありました。11時間25分の試煉でした。

 

 

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2回も道をロストして同行のメンバーに迷惑をかけました。もうろくジジイになったなあ〜。慢心せずに山登りはせんとあきませんね。

 

これで山のシーズンは終了。

心房細動・カテーテルアブレーション後の山登り その1

4月8日にアブレーションを受け、その後不整脈の自覚なし。心電図異常なし。
抗血栓療法薬であるイグザレルトは術後3カ月服用し、終了

 

2017年7月16日
蝶ヶ岳〜常念岳 日帰り登山 10時間10分の試練でした。

 

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㋇7日
<黒部源流赤木沢日帰り単独沢登り報告>
2010年はケイさんと、2011年は、職場の山好きとか福井の児玉さん達とかを、赤木沢に案内したのですが、今回の偵察での結果です。

 


黒部川本流の巻き道は、崩壊しておりますが、登ることができました。ゴルジュを突破できないか、いろいろ偵察したのですが、水量が多くて、小生単独の力では突破不可能と判断して結局巻きました。
ケイさんといった時の巻き道は消えておりましたが、本流に下降できました。ちょとバランスが必要でしたが。

 

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ほとんどの滝が登れて、さすがに「日本一美しいところ」と言われてるのは、よく理解出来ます。素晴らしい所です。赤木沢の核心部は大滝の巻き道のルンゼです。草付きを登るのですが、登って行くと途中の岩が崩壊しておりました。

だれかのプレゼントでしょうハーケンが打ってありシュリンゲがかかっています。ハーケンはあたらしくて、しっかりしておりました。そのシュリンゲをつかんでも、登れそうもありません。ランニングビレー用でしょう。その横の草付きにわずかに踏み後があり、だましだまし、そろ〜と不安定な足場に体重をかけて突破できましたが、ズルっといけば死んじゃいます。そこを抜けてのトラバースも一部いやらしい。
盆休みにもう少し人が入って、踏み跡がしっかりしてきたら、もう少しましになるかもしれませんが。

5~6年前と比べて、難易度がアップしておりました。本日お昼に、◯◯山岳会で昨年赤木沢に行った、職員の女性に聞きましたが、やっぱり何か所かで、ロープで確保してもらって登ったと言っていました。この女性は、この6月に白馬岳の主稜(雪稜)に行くと言ってっておりました(悪天で中止)ので、クライマーとしてのトレーニングをしております。
当日、薬師沢で赤木沢の準備をしているのは単独行は、ボクをいれて3人。あとは4~5名のグループ。ボク以外は全員ハーネスをつけていました。ボク以外の単独行の人の、歩き方、登攀能力を観察していましたが、クライミングが上手でした。

 

 

 

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以前より、大滝の巻き道のルンゼの岩の崩壊により、難易度があがり、今回の赤木沢ですが、ボクの力量では、案内に自信がなくなりました。偵察に行ってよかったです。同行予定の某ランナー達は子供さんが小さいので、墜落してもらうわけにはいきません。

 

 

 

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やっぱり沢は、いかに初級とは言え「バリエーションルート」で、ルートが崩壊しても補修もなく(もともと道標も目印もない:当たり前)自分でルートファインディンクしていく(そこがクリエイティブ)、そこに行ける力量をもつことに努力することが面白い(マラソンのタイムをねらうのと一緒)。ランがメインでゲレンデでクライミングの練習もせずに(体力的にはありあまりますが)、現在の赤木沢はリスクが高いという結論になりました。

 

14時間40分の試煉と楽しみでした。

 

1:00  起床
2:00 折立出発
4:40 太郎平着
5:00 太郎平発
6:20 薬師沢着
6:45 薬師沢発
8:40 赤木沢出会
10:30 大滝上部
12:30 縦走路
13:10 北ノ股岳
14:15 太郎平
14:30 太郎平発
16:40 折立

 

 

2015年9月23日 (水)

笠ヶ岳日帰り登山(その4)

12時30分 弓折乗越到着。これで笠ヶ岳からも日本海に通じた。

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弓折乗越から新穂高温泉までの道は何回か歩いている。
1)学生時代のワンゲルの合宿で、三俣で隊員が発熱・脱水になり、合宿中止して下山したルート。リーダーだった小生はOBに軟弱だと言われた。
2)Kと婚約時代に、黒部源流に沢登りに来て、ここから入山。三俣でKがバテたので、沢登りせずに下山
3)職場の山の会の夏山で、薬師〜雲の平〜の下山ルート。

極めてよく踏まれた道で下山しやすいのであるが、シルバーウイークの好天でどんどん登ってくる。これだけの登山者が双六小屋に泊まり、テントを張る場所があるのだろうか。笠ヶ岳山荘のホームページを見たら、お布団1枚に2名。食堂でも寝てもらうことがあり、午後9時に食堂が空くまで、廊下で待機。って書いてありました。小生単独だったら、汗臭いボクが汗臭いしらないオジさんと同じお布団で寝るわけか・・・そんな山登りしたくないので、やっぱり日帰り登山だな、それか時期を見てテント泊だろう。昨年の栂海新道では朝日小屋がガラガラ。Kとの赤木沢でも薬師沢小屋ガラガラだった。10月の唐松小屋も。そう全部「悪天」だから。

登り優先なんで、鏡平小屋まで時間がかかる。そこからは、足の爪がはがれかけているのは痛みでわかる。踵には靴擦れ防止の為にテープを貼っているが、その横が痛く、水ぶくれになっていると考えられる。疲労感も出て来て、ガンガンと下れない。
15時10分 わさび平小屋着。おうどんを食べる。出汁も飲み干した。

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あとは林道。意地で走り出すが、左膝に痛みが出だしたので、へんな意地は捨てて、歩きに変更。
16時10分 無事新穂高温泉に下山した。

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12時間45分の試練は無事終了した。これを書いている9月23日まだ足は浮腫んでいる

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笠ヶ岳日帰り登山(その3)

笠ヶ岳小屋でトイレ休憩。これからの道は浮き石もなく、よく踏まれている。反対側との違いは大きい。サクサクとくだり、午前10時30分。笠新道との分岐。

今回の行動食は、高濃度のゼリーを10袋。ツムラ芍薬甘草湯4袋。バームゼリー2袋、おにぎり3個などである。昨年の栂海新道では、高度がさがり高温で疲労感もあり、ゼリー系以外は喉を通らなかったが、持参しておらず、ソイジョイなどの固形系も枯渇し、苦しい下山になったので、ゼリー系に変更した。

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笠ヶ岳を越え、楽しい稜線漫歩。

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ナナカマドが紅葉しており、この景色。しばらく見ていると涙が出てくる。たまにこういう巡り合わせがあるから、山登りはやめられん。

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笠ヶ岳日帰り登山(その1)

2015年の夏山は、立派はんとの劔早月尾根日帰り登山の予定だけでした。が、悪天で伝蔵小屋で引き返し、北アルプスの稜線に一度も立たずにシースンが終了することになっていたのですが、単独で笠ヶ岳日帰り登山に挑戦することにしました。相棒のKは、膝の故障中でラン&山登りは休眠しております。

北アルプス全脊梁踏破は昨年終了したのですが、笠ヶ岳には登ったことがありません。そして笠ヶ岳から弓折岳の稜線を歩いた事がありません。晴れていると、穂高・槍の眺めながら歩く事が出来ます。

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枝ですが稜線でここだけは未踏破です。
1)笠ヶ岳〜弓折岳
2)蝶ヶ岳〜常念岳
3)大日岳〜劔御前

それでは、笠ヶ岳に行こう。末端のクリア谷をつめるのが「脊梁」としてふさわしい。地図に記載されている登山道を歩くことは、現在の体力、過去の経験(技術)、知識から鑑みて、問題なしと考えています。コースタイムは参考にしますが、ネットであれこれ、過去の登山記録を検索すると、「山登りの面白さ半減」です。

どんな道でどんな景色なんだろうか? ネットで見た登山道や景色を再確認するような登山行為はおもろないでせう。

9月19日大阪発。シルバーウイークで新穂高温泉の駐車場は満車と考えられ、路上駐車するものイヤだし、キャンプ場を予約したら空きがありました。ただ、中尾温泉口(槍見館)の登山口までは2km弱あります。下りですが。そして下山は、ワサビ平から、新穂高まで約4kmの林道が。軽登山靴で行くか、トレラン系のシューズにするか。トレラン系を選択してみました。

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新穂高温泉に到着して、槍見館の裏の登山口を確認してキャンプ場に。ここに2連泊です。露天風呂があるので、下山後が楽しみです。

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2014年8月 6日 (水)

剣岳

劔岳は、特別な想いのある山です。昭和58年の4月に婚約をして(大学院生でお金がないので結婚はできなかった)、Kと初めての山が、山岳部/牧稜山岳会の 5月の連休の合宿でした。劔岳です。この時期は富山県の条例で、事前に入山届けを出し、審査を受けて、県から入山許可がでます。長次郎雪渓をつめて劔の頂上へ。何度となく劔のピークをふんでおりますが、一般ルートから登ったことはなく、北方稜線から頂上にたっしております。5月の剱は、長次郎雪渓からが一番易しいのであります。最後はKとアンザイレン。コンテで頂上に立ちました。

 

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2012年の記録を残すために書いております。

Kは大学薬学部WV部時代に一般ルート(別山尾根)から登頂しております。

 

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今回の早月尾根が最初の一般ルートでした。7月に油断して、アイゼン/ピッケルを持たずに挑戦。伝蔵小屋から上部に雪がべったりと着いており、敗退。そのリベンジでした。

8月17日定時に職場を出ることができて、一路富山県は馬場島へ。22時着。ビールと酎ハイをあおり、イカスミ太郎号の車内で仮眠。暑くて寝にくい。それとシーズンで夜中にどんどん駐車場に車が来るので、1時間ごとに覚醒。

18日午前3時起床、4時出発の予定だが、2時半に目が覚め、午前3時30分出発。 ヘッドランプをたよりにいきなりの急登。しばらくすると、下山者が。午前2時50分から5人で登り出し、自分は不調の為下山すると。しばらくすると4人組に追いつき、追い越す。伝蔵小屋まで3時間ほとで到着。7月は雨で残雪があり3時間40分かかったことを思い出し、本日は快調であることを自覚。伝蔵小屋 でトイレをすまして、登り始める。

4時に出発したという、30才の若者が追いついて来た。5年ほど前に山登りを初めて、一年前から走り出し、この日の為にトレーニングを重ねて、初めての北アルプスと。お先にどうぞと言うも「ご一緒させてほしい」と。4時30分に出発したトレラン青年が追いついてきました。 彼も初めてで、後ろにつかせてほしいと。。。室堂と同じ標高になり、あれが薬師、こっちが小窓尾根。劔尾根、遠くに白馬と。解説しながら高度を稼ぐ。4人パーティーにも周囲の山々を解説。早月尾根から主稜線に出ると、別山尾根からの多くの登山者が。

ピークに午前9時17分着。「昔の山屋は、ピークで握手するんです」と若者とトレラン青年とがっちり握手。おにぎりを食べたり、写真撮影したり(残念ながらガスが湧いておりました)

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9時30分下山開始。そこからが、この日本一の長大な尾根の厳しい下りでした。サロマ100kmでトレーングしている立派はんらなら、ど~もないかもしれませんが、故障でほとんど練習ができておらず、「足のバネ」が残っておりません。11時15分伝蔵小屋に戻ってきました。そこでカップヌードルを食べ、三ツ矢サイダーを購入。スポーツドリンクなど3リットル持参しましたが、既に2.5リットル消費。非常食、ツエルトは持っておりますが、水分も非常用にと確保。そこからさらに1500m の樹林帯の下りです。何度かスリップ、尻餅をついてしまいました。足をぐねったりして歩行困難になったらシャレにならんぞうと、慎重に下りました。若者とトレラン青年は軽やかに下って行きました。シャリバテ(ガス欠)と言うよりも、疲労困憊。なんぼ糖分を摂取しても、体中の元気がすでに放出されております。気持ちだけを切らさず、二本の足を慎重に運べば、何時かは必ず下山できると。標高1000m地点のベンチを通過してやっとこさ余裕が。

そうなると、この特別な山。昭和58年、初めてのKをアンザイレンして、山仲間と劔のピークへ。その時の合宿の報告書を書いた、パキスタンの氷河に眠るT田君のことを思い出し、涙が溢れ出て来ました。14時10分馬場島着。標高差2200m、10時間40分の試練は終了しました。

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2014年7月24日 (木)

北アルプス全脊梁踏破(その2)

7月2日 前日の夕方は雨があがり、富山湾、朝日岳が見えていた。同室の男性と「梅雨明けしたでええ~」と喜んでいたが、深夜から強い雨音と雷鳴が! 

午前3時前に、、こら~あかんなあ。。北俣小屋~小川温泉へ下山か? 一日「沈殿」か? 沈殿したら長躯日本海に下山して、そのまま400km運転して帰宅せんとなああ。。と弱気に。

下山して翌日の北日本新聞みてビックリした。

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午前3時起床。そ~と布団から抜け出し、たたんでから玄関で準備。食堂に置いてくれているお弁当が朝食である。デカイおにぎり2個、おかず少々。朝に目が覚めて3秒でカレーライスが食べれると、いつも言っているが。。。二個目のおにぎりをほおばったら、嘔気が! 嘔吐しそうになるが、なんとか持ちこたえる。

<原真氏の「快楽登山のすすめ」から>
世の中には競馬馬のような登山者もいて、一緒に山へ登れば、必ず競争意識をむき出してスピードをあげる。登山には「速く登って速く下ってくるのが安全」とい う原則はあるものの、速く登ること自体が登山の目的ではない。時間記録だけを求め始めると登山家は堕落する。自分のペースを発見し、快楽登山へもってゆくことがあくまでも大切。とはいえ、人はいろんな動機で山へ登るものだから、一律に論断することはできない。山に登るのに、案内書はなるべく読まないほうがよい。地図と磁石だけを頼りにして登るのが一番。案内書を読めば発見が減り、それだけロマンも失われる。山へ登ることの一番大切な楽しみは発見であり、自身で発見しようとする気持ちのなかにこそ、ロマンがあるのだから。本当なら地図も持たないのがよいのだが、それでは時間もかかるし実力の裏付けもいる。妥協して地図と磁石だけは持ってもよい。私としてはそんな気持ちだ。登山に熱中している中高年諸氏には、まず無計画登山をすすめたい私だが、それでも不安だ というのなら、せめて地図と磁石だけで山を歩くよう心がけてもらいたい。そうすれば登山の喜びも倍加して、満足度も増すこと請け合い。

山レコなど、過去の記録が検索すれば、一般登山道の情報はいくらでも出てくる。そんなん読んだら面白くないやろう。「山歩きしながら、ネットで見た景色を確認する。」なんて愚の骨頂。バリエーションルートならまだしも、夏の一般登山道だから、調べる必要はない。タダ、「水場」だけはしらべとかんと。

水を2リットル。前日小屋で買った、アンパン1、ワッフル1,持参したソイジョイ5、エナジージェル5が本日の食料と非常食である。

午前3時52分:雨はやんでいる。栂海新道を歩くことに決定。小屋を出発し、朝日岳まで昨日下ったところを登り返す。4時41分朝日岳のピークに到着。高曇りで朝焼けがちょろっと。ここの標高が2418m。海抜ゼロまで下降しなければならない。距離は27kmの長丁場。標高がさがると暑いだろうな。秋の方が、雪渓もなく条件はよいけど、日没が早い。

吹き上げのコルが5時08分。ここから黒岩平までの高層湿原がハイライトである。まったく人に会わなかった。独り占めしながら、どんどん歩く。高山植物が咲き乱れ、、こら~この世の楽園。ジブリのアニメのことはよく知らないが、こんなシーンあるんだろうなあ。今回はオリンパスペン(マイクロフォーサーズ)に広角の単焦点レンズ(LUMIX G 14mm/F2.5)でやってきた。ときどき写真をとりながら、歩いた。

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遠くにサワガニ山、と思われる山並みが。あれよりず~~と向こうまで歩かないと海までは到達しない。

ダイトレ全山53kmを徹夜で17時間かけて歩いている練習をしているので、距離&時間への不安はない。

黒岩平6時35分着 ここからは、ちょっとした登りはあるが、延々と下る。サワガニ山を越えて、北俣の水場で、水を補給した後、9時30分に栂海山荘到着。

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9時40分に栂海山荘出発。ここからが踏ん張りどころである。道は整備されてはいるが、、、延々と 樹林帯を下るのである。昨日も後半は、ソイジョイも胃袋が受け付けず、エナジージェルしか喉を通らない。アンパン、ワッフルは栂海山荘までに食べ終わった。

1286mの白鳥山荘12時25分着。だんだん気温が高くなる。給水量は大きくなるが、それは織り込み済みで水の量は確保している。14時坂田峠着。もううんざりだ。比良とか台高の下りと同じ。樹林の中で景色はなし。ここからコースタイムで2時間20分。未明までの豪雨で、登山道はヌルヌルでよく滑る。ダブルストックがなかったら、、さらに困難であっただろう。それでも登りはサクサク登るのであるが、、、下りで腰痛再発。そしてヌルヌル。

ここまで単独行の女性二人とすれちがったけど、もう昼過ぎでだれも登ってこないだろうと、トボトボと歩いていたら、若い男性がやってきた。軽装、ザックも小さい、トレランシューズ。聞いてみると「トレイルランナーではありません」「日本海から上高地まで行きます」「小屋泊まりですか?」「いいえ」 御岳のトレイルラン大会のTシャツはきていましたが、、「トランスジャパンアルプスレース」の練習かもしれませんね。

2000年頃からマラソンをはじめたが、ランニングでは若い人たちと「同じ土俵」に立つという意識はない。ランニングはタイムだから、結果はあきらかである。そして草レースでは「年代別」もあるので、そして今では「1歳刻みランキング」もあるので、自分の位置を客観的に評価できる。

ところが「青春を山に賭けて」きたもんだから、ついつい自分も彼らと「同じ土俵」に立っている感じがして、なんだか悔しさが湧いてくるんだなあ。

トボトボと下山しながら、「賞味期限がきてしまった」。やっぱり次のステージ「交換レンズ、三脚を持ってのゆっくり山歩き」の時期がきたんだ。今日で「北アルプス全脊梁踏破」も完遂するから。さびしいな。

そ~ゆうたら、大学を卒業する時、シビア~な山登りをやめた時「祭りは終わった」とよく言っていたな。

それにしても、暑いし、なかなか到達しない。最後のエナジージェルを飲んでから時間がたち、低血糖症状が。冷や汗たらたら。かなり苦しい。今までのワンディ登山の場合、下山途中に営業小屋があり、ラーメンとかカップヌードルを食べるので、カロリー、塩分が補給されている。今回は、もちろん営業小屋などなし。塩&ブドウ糖補給タブレットも食べてはいるが。営業小屋のありがたみがわかる。ここを乗り切るには「意思」が必要。ガストンレビュファのの一文を思い出した。

-- 山々は、ひとつの別世界なのだ。地球の一部というよりも、並はずれた、独立した神秘の王国。この王国に踏み入るための唯一の武器は、意志と愛情なのである。--

やっと国道を走る車の音が聞こえてくる。高いところから日本海が見えたら感動するだろうな~。と下降して行ったが、植林帯の階段を下りると目の前が国道だった。16時40分低血糖でフラフラの下山がやっと終了した。

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海辺に行くと、なぜかランナーが一人。どこから来たかと尋ねられ、「朝日小屋から降りてきました」と言うと、ビックリしてくれて、写真を撮ってくれた。


2014年7月23日 (水)

北アルプス全脊梁踏破(その1)

昭和51年に大学に入学して以来「青春を山に賭けて」きました。ワンダーフォーゲル部に所属し、山岳部の合宿にも参加。山行日数は365日を超えていると思います。

 

 

 

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2008年に山登りを再開してから、夏山に出かけておりました。2012年にどれだけ山を歩いたかなあ、、と作図してみると、あと4か所で北アルプス全脊梁(西穂~三俣~劔三の窓:三俣~日本海)をすべてトレースすることがわかりました。
1)白馬(三国境)~日本海
2)唐松~不帰キレット~白馬鑓
3)烏帽子~船窪~針ノ木
4)薬師~五色が原

2012年9月に、テントを担いで3)烏帽子~船窪~針ノ木を縦走しました。
2013年9月に、4)薬師~五色が原を歩くために第4回北アルプスパノラマトレイルに参加。
10月は、強風の中、3)唐松~不帰キレット~白馬鑓を歩きました

2014年 とうとう北アルプス全脊梁踏破に王手がかかりました。残りは1)白馬(三国境)~日本海です。

テントを担いで縦走するか、朝日小屋に泊まり、一気に下るか。朝日岳から日本海親不知までは、27kmあり、海抜ゼロまでなので、2400m下降します。昨年から腰痛があり重荷のロングトレイルは不安がの残ります。毎朝ベッド上で腹筋120回、背筋120回しておりますが。。。

今回は「単独行」です。7月17日は小松病院歯科臨床セミナーの日で、職場にお泊まり。テント泊、小屋泊の両方の準備をして来ました。18日の外来、外来手術とも順調に終わりました。梅雨明け直前で予報は「悪天」。さて、、中止まで検討しましたが。。

2011年にKとの黒部源流赤木沢への沢登り。雨で中止を決めましたが、河合から「行って沢を見て決めたら」とのメールあり。雨がやんでくれた半日のチャンスをつかみ赤木沢を攻め落とすことができました。

世間では「山は逃げない」と言いますが、我々は以前から「山は逃げる」と言ってきました。そのチャンスは二度と巡ってきません。屏風岩に憧れ、一度は登攀したかった。けど、大学5年の夏、練習をつんで涸沢で好天を待つも、とうとうそのチャンスはありませんでした。それ以後、クライミングから遠ざかり、もう屏風岩に登ることはありません。

蓮華温泉に車で行って、早朝出発。朝日小屋に宿泊して、一気に日本海まで攻める。贅沢な話ですが、一生に一回のイベント。親不知まで車を回送してもらうように手配できました。

ウイスキーとアテ以外は軽量化。「これがないと山登りできない」以外の持ち物はありません。小屋に電話して状況把握。雪渓が残っているので、簡易アイゼンを持って行きます。最近は、ダブルストックです。「ブラックダイアモンドのウルトラディスタンス」は優れものです。軽いし、仕舞い寸法も短い。(テントを担いでの縦走では、レキ社製のしっかりしたストックを使います)。

出発前に装備の最終点検をすると、なんとM社製ヘッドランプが壊れていました。危機一髪、ホームセンターで新しく買いました。

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7月18日 17時30分:第2京阪寝屋川北入口 20時00分:北陸道南条P 24時:蓮華温泉駐車場。悪天なので駐車場に車はちらほら。車内泊。寝ているときに雨音あり。

7月19日 午前4時30分 蓮華温泉駐車場発 雨具の上下を身につけて出るも、ほとんどやんでいるので、すぐに脱いで登り出す。

6時40分:白馬大池着 トイレ休憩。雨が降ってくるので雨具の上下を身につける。7時発。ここからは樹林帯を抜け出るので、気持ちのよい稜線歩きである。小蓮華までは2時間のところを1時間ちょいで登る。快調である。稜線は強い風が吹いており、中高年の登山者が何人も引きかえしてきた。そう無理したらあきまへん。雨も降り出した。白馬山頂泊の登山者がどんどん下山してくるが、皆顔が引きつっている。中には手袋をしていない登山者も。

8時30分:三国境到着。ここから日本海までが初見の登山道である。ワクワクしながら雪倉へ。ここからの風がさらに強烈で、コルでは、まっすぐは立つことができない。幸い雨は時々横から降ってくる程度。

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10時30分:雪倉岳。途中雪渓をトラバースするとこで、一カ所だけ簡易アイゼンを装着。あとはキックステップで充分であった。

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朝日岳の水平道は、雪渓が残っており通行止めで、朝日岳を直登して、朝日小屋へ。登りは苦にならない。ガシガシと登り朝日岳のピーク経由で朝日小屋へ。

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13時45分 朝日小屋着。 受付で、行程を聞かれて、蓮華温泉から大池まわりでここまで。明日は親不知まで行くと言うと、「相当な健脚の方ですねえ」と言われちゃいました。

悪天のため、100人宿泊予定だったが、半分以下に。12畳の部屋に、関東のおじさん3人グループと小生だけで、快適であった。夕食は評判通りの、手作りの夕食。山小屋泊まりの経験は多くはないが、いままでで一番の夕食であった。ホタルイカの沖漬け、さす(カジキマグロの昆布〆)まで登場。これらは冷凍保存できるからね。里で採ってきた、ねまがり竹入りのおでんも◎。翌朝は朝食を食べると出発時間が遅くなるので、「お弁当」を作ってもらい、小屋の食堂でたべることに。行動中の昼ご飯として、アンパンとワッフルを買っておく。
午後8時にはお布団の中に。

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2013年9月23日 (月)

自由と可能性:面白い山登りは管理されない

4回北アルプスパノラマトレイルを速足で歩きながら、頭の中で、グルグルめぐっていたのはこの歌でした。


原真氏の「快楽登山のすすめ」からの引用です。”間違いだらけの登山”を斬る。自分本位に登れば登山は楽しい。孤独を楽しむ、これが快楽登山の精髄である。 商業主義や集団主義に陥った登山を初心に戻す。

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登る速度を自分の体力に最適なところへもってくるためには、単独行がいちばんよい。単独でなくてはならぬということはないが、同行者の数は少ないに越した ことはない。せいぜい3人、いくら多くても6人までであろう。それ以上の人数による集団登山では、なかなか快感を味わうことはできない。自分のペースを発 見しにくいからである。昨今は、中高年を中心にした観光バスを繰り出しての、「おきまりの山へ、おきまりのルートから登り、寿司詰めの小屋へ泊まる」と 言った手軽で依存型の集団 登山が、自然愛好家の眉をひそめさせる時代でもある。こういう時期には、山に登る楽しみの質を、もう一度原点から考えなおしてみることも必要ではないか。

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世の中には競馬馬のような登山者もいて、一緒に山へ登れば、必ず競争意識をむき出してスピードをあげる。登山には「速く登って速く下ってくるのが安全」とい う原則はあるものの、速く登ること自体が登山の目的ではない。時間記録だけを求め始めると登山家は堕落する。自分のペースを発見し、快楽登山へもってゆく ことがあくまでも大切。とはいえ、人はいろんな動機で山へ登るものだから、一律に論断することはできない。山に登るのに、案内書はなるべく読まないほうが よい。地図と磁石だけを頼りにして登るのが一番。案内書を読めば発見が減り、それだけロマンも失われる。山へ登ることの一番大切な楽しみは発見であり、自 身で発見しようとする気持ちのなかにこそ、ロマンがあるのだから。本当なら地図も持たないのがよいのだが、それでは時間もかかるし実力の裏付けもいる。妥 協して地図と磁石だけは持ってもよい。私としてはそんな気持ちだ。登山に熱中している中高年諸氏には、まず無計画登山をすすめたい私だが、それでも不安だ というのなら、せめて地図と磁石だけで山を歩くよう心がけてもらいたい。そうすれば登山の喜びも倍加して、満足度も増すこと請け合い。

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面白い山登りをやるための第1条件は、「自分本位」になることだろう。「他人本位」 の山登りではちっとも面白くないということは、まだ社会通念になっていない。日本人が、山に限らず一般に物事を楽しむ能力に欠けているのは、他人本位だか らである。封建時代の遺風が残っているお国柄といってよい。この遺風を打ち破らなければ、面白い登山はできない。

自分本位の人間とい うのは、自分の考えをもっている-少なくとも、もとうとしてい る-人間のことである。こういう人間は他人の考えを尊重する能力を持っているから、たがいに協力しあえる。一方、他人本位の人間というのは、自分の考えを もっていない-またはもとうとしない-人間のことである。この種の前時代に属する人間たちは、自分が考えをもたないのと同じに、他人も考えをもつべきでな いと思っている、こういう人間たちには、集団に対する従属や支配(おなじものである)の感情はあるが、個人としての自己表現の精神にとぼしい。彼らは、他 人の犠牲になるかたわら、自分でも他人を犠牲にして生きていこうとする。他人本位の人間は、山登りを楽しむ自己能力にとぼしいから、とにかく売名のための 登山や山の政治などをやりたがる。この場合の政治は代償行為のことだから、人民のためになる本当の意味での次元の高い政治ではない。一種の無原則人間とい う意味での政治的人間である。日本は、いままでは政治家不在の国だった。登山界は、その最も典型的な例である。自分本位の山登りをやるためには、まず他人 本位の人間を自分の周囲から排除しなければならない。少なくとも、他人本位の人間たちの犠牲にならないよう細心の注意が必要で、これには相当の知識と勇気 がいる。

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