« 2015年9月 | トップページ | 2018年8月 »

2017年12月

2017年12月 3日 (日)

心房細動・カテーテルアブレーション後のマラソン その1

4月8日の発作性心房細動のカテーテルアブレーション治療後、経過は順調です。

 

2017月10月8日
<龍馬脱落マラソン>
42km走するつもりで、足を温存しながらの登り。んが、7kmでふくらはぎに痛みが。3km我慢したけど10kmで途中棄権。
2006年の泉州マラソン。30kmを2時間04分で通過。余裕あったのに、そこからの登りで、ふくらはぎをいわして、歩き。それを思い出して、棄権したので、シーズンは終わらないと思ふ。歩けるし。

 

 

 

22228247_1322229401220850_308397424

 

 

 

10月29日
<金沢マラソン>
昨年の年代別6位が3時間27分だったので、入賞ねらいでエントリーしたが。。龍馬脱藩マラソンで故障したので、42km走として、走りだす。
<最後尾作戦成功:7000人抜き>

スタートしても、前がつかえてキロ7分ペースしか走れない。これがいいんです。前に整列すると、集団で移動するから、走りすぎる。案の定3kmでふくらはぎが張ってきました。深いところに違和感が。やっぱしダメかなぁ。もう少しもう少しと、10kmで違和感消えてきました。それからも、ペースを上げずにエイド食べながらゴールまで。7000人抜き。ケニアガル高校出身の駅伝選手と桁が違うぞ!笑

 

 

 

22853157_1340797069364083_596527965

 

 

 

 

 

11月5日
<淀川市民マラソン(ハーフ)ペースメーカーは15kmまで>
11月26日の大阪マラソンのための練習レース。1時間40分(キロ4分40秒)のペースメーカー。15kmでペースメーカーが失速。グッチさん(1時間39分)、ケイちゃん(1時間38分)は無事完走しました。
ムーさん、ハイヂさんは、年代別優勝。おめでとうございます。ハイヂさんは、2位に7分差の圧勝でした。

 

 

 

23167589_1346944552082668_456801659

 

 

 

23316370_1346944562082667_746980797

 

 

 

 

 

 

 

11月26日 
<大阪マラソン:家内のケイさんの伴走:復活傾向だが、取りこぼし>

2015年の2月の別大後、故障したケイさん。2年半ぶりに3時間30分切り(グロスタイム)をねらい、スタートラインに。春から、やるべき事はすべてやりました(eアスリート方式)。残念ながらスタートはCゾーン。号砲がなってスタート位置までくるロスタイムが約2分30秒〜3分とかんがえておりました。予想通り2分27秒のロスタイム。嘘つきの自己申告ランナーがかなりいるので、スタートしてもペースがあがりません。3時間24分ペースが4分50秒。それをすこし越えるタイムを設定しており、「伴走職人」は走りました。中間点を越えるところで、3時間30分のペースメーカーに追いつき、給水点で、追い抜きました。積極的、攻撃的にケイさんは走ります。30kmで、余裕度アリと見たのですが、、。さすがに、2半半ぶりのガチのレース。

 

フルマラソンは、事前にレースタイムで42kmをはしることができません。ゴール直前に、足が攣る事はいままでにもあったようですが、35km手前で、足に痙攣が起こり、失速。心肺は心配なかったようですが、残念ながらの、初めての取りこぼしレースでした。

 

10km手前では、長女のタカコンと孫の弾丸ハルトマンが応援してくれました。(娘婿は当直ごくろうさん)。孫もできたし、2年半の「加齢」と「ガチレースなし」で、頑張ったと思います。来年2月の京都マラソンにむけて、「修正」していきます。

 

その後「たよし」の飲み会は大盛況。やっぱり遊びは「真剣」にせんとおもろないという結論になりました。

 

 

 

23844932_1365591800217943_916621607

 

 

心房細動・カテーテルアブレーション後の山登り その2

4月8日の発作性心房細動のカテーテルアブレーション治療後、経過は順調で、今シーズン3回目の北アルプスでした。

 

2017年㋇26日

 

<槍穂ワンディ敗退記:もうろくジジイになったな>

昨年の劔ワンディ仲間から、アッキーとくろちゃんが参加。黒部源流赤木沢は偵察に行って、核心部の大滝のまき道のルンゼが崩壊して突破するには、もう少しクライミング技術がいりそうなので、槍穂ワンディに変更したのでありました。お二人とも、フルマラソンは3時間一桁。比叡山のトレランレースに出たりしています。

 

ジャヌー北壁やカンチェンジュンガ北壁を登攀した、東京医科歯科大学山岳部の坂野俊孝は「登れるドクター」と言われていました。
くろちゃんは、今年御岳160kmを走って、2週間後の富士山登山競争を完走している「走れるドクター」。 

 

8月25日 大阪〜上高地〜横尾
26日 横尾(1時45分発)〜槍平(2時55分)〜天狗原分岐(4時30分)〜天狗原(5時15分)〜天狗平分岐(5時50分)〜槍肩の小屋(7時15分着〜9時00分発)〜天狗原分岐(10時40分)〜槍平(12時15分)〜横尾(13時25分着)〜徳沢園泊
27日 徳沢〜上高地〜大阪

 

 

 

Img_5273



 

 

 

 

午前1時起床でヘッドランプを付けて、1時45分出発。途中から強雨となり、ペツルの強力なヘッドランでも、前方が見えにくい。眼鏡が曇り、眼鏡を時々なめながら歩く。冬にこれをしたらドツボです。天狗原分岐で、地図はみているんだけど、な〜んも考えずに、90度間違えてしまいました。どんどん歩いて、天狗原まできて、道間違いに気づき、引き返す。1時間20分のロス。稜線に近づくと、強風で、濡れた体に吹き付け体温が低下。肩の小屋に入り、カップヌードルを食べ、ストーブにあたる。加古川マラソンの参加賞のTシャツは、ニッケが作って「毛」が混ざっており、信州大学山岳部が海外遠征で使用している素材とほぼ同じと聞いております。ボクとアッキーはそのTシャツを着て、さらにボクは山シャツをきていたので(体脂肪率もあるか)、体温低下は軽度でした。トレラン用のうすいシャツと雨具のくろちゃんのダメージが一番大きかった。

 

 

 

Img_5285

 

 

 


風は強いが、天候が回復してきたので、初見のアッキーは穂先に。縦走はあきらめ、下山開始。これまた、な〜んも考えずに、東鎌尾根を歩いてしまいました。殺生小屋に降りる道、ヒュッテ大槍から降りる道があるのを知っているので、殺生小屋経由で下山。天候がどんどん回復して青空になる。体温ももどり、元気に下山したのでありました。11時間25分の試煉でした。

 

 

Img_5305


 

2回も道をロストして同行のメンバーに迷惑をかけました。もうろくジジイになったなあ〜。慢心せずに山登りはせんとあきませんね。

 

これで山のシーズンは終了。

心房細動・カテーテルアブレーション後の山登り その1

4月8日にアブレーションを受け、その後不整脈の自覚なし。心電図異常なし。
抗血栓療法薬であるイグザレルトは術後3カ月服用し、終了

 

2017年7月16日
蝶ヶ岳〜常念岳 日帰り登山 10時間10分の試練でした。

 

Img_4869

 

Img_4882

 

㋇7日
<黒部源流赤木沢日帰り単独沢登り報告>
2010年はケイさんと、2011年は、職場の山好きとか福井の児玉さん達とかを、赤木沢に案内したのですが、今回の偵察での結果です。

 


黒部川本流の巻き道は、崩壊しておりますが、登ることができました。ゴルジュを突破できないか、いろいろ偵察したのですが、水量が多くて、小生単独の力では突破不可能と判断して結局巻きました。
ケイさんといった時の巻き道は消えておりましたが、本流に下降できました。ちょとバランスが必要でしたが。

 

Img_5098

 


ほとんどの滝が登れて、さすがに「日本一美しいところ」と言われてるのは、よく理解出来ます。素晴らしい所です。赤木沢の核心部は大滝の巻き道のルンゼです。草付きを登るのですが、登って行くと途中の岩が崩壊しておりました。

だれかのプレゼントでしょうハーケンが打ってありシュリンゲがかかっています。ハーケンはあたらしくて、しっかりしておりました。そのシュリンゲをつかんでも、登れそうもありません。ランニングビレー用でしょう。その横の草付きにわずかに踏み後があり、だましだまし、そろ〜と不安定な足場に体重をかけて突破できましたが、ズルっといけば死んじゃいます。そこを抜けてのトラバースも一部いやらしい。
盆休みにもう少し人が入って、踏み跡がしっかりしてきたら、もう少しましになるかもしれませんが。

5~6年前と比べて、難易度がアップしておりました。本日お昼に、◯◯山岳会で昨年赤木沢に行った、職員の女性に聞きましたが、やっぱり何か所かで、ロープで確保してもらって登ったと言っていました。この女性は、この6月に白馬岳の主稜(雪稜)に行くと言ってっておりました(悪天で中止)ので、クライマーとしてのトレーニングをしております。
当日、薬師沢で赤木沢の準備をしているのは単独行は、ボクをいれて3人。あとは4~5名のグループ。ボク以外は全員ハーネスをつけていました。ボク以外の単独行の人の、歩き方、登攀能力を観察していましたが、クライミングが上手でした。

 

 

 

Img_5103

 

 

 

以前より、大滝の巻き道のルンゼの岩の崩壊により、難易度があがり、今回の赤木沢ですが、ボクの力量では、案内に自信がなくなりました。偵察に行ってよかったです。同行予定の某ランナー達は子供さんが小さいので、墜落してもらうわけにはいきません。

 

 

 

Img_5110

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 


やっぱり沢は、いかに初級とは言え「バリエーションルート」で、ルートが崩壊しても補修もなく(もともと道標も目印もない:当たり前)自分でルートファインディンクしていく(そこがクリエイティブ)、そこに行ける力量をもつことに努力することが面白い(マラソンのタイムをねらうのと一緒)。ランがメインでゲレンデでクライミングの練習もせずに(体力的にはありあまりますが)、現在の赤木沢はリスクが高いという結論になりました。

 

14時間40分の試煉と楽しみでした。

 

1:00  起床
2:00 折立出発
4:40 太郎平着
5:00 太郎平発
6:20 薬師沢着
6:45 薬師沢発
8:40 赤木沢出会
10:30 大滝上部
12:30 縦走路
13:10 北ノ股岳
14:15 太郎平
14:30 太郎平発
16:40 折立

 

 

心房細動・カテーテルアブレーション・マラソン

2017年に発作性心房細動を確認。その後アブレーション治療(自分の勤務する小松病院にて)を受けました。治療を受けるにあたり、心房細動でアブレーションを受けられた、ランナーのブログが参考になりました。その恩返しに、自分の体験談をアップさせていただきます。

 

60歳 男性
既往歴:50歳より高血圧症にて内服加療
現病歴:20歳頃、健康診断にて不整脈を指摘される。(VPC、SVPC)

 

以後、検診にて不整脈が検出される時とされない時あり。30歳代でホルター(問題なし)

 

時々胸部不快感あり。触診にて不整脈を確認していた。
数年前より、不整脈で走れないことが、2~3カ月に一回程度あり。

 

2019年1月16日朝、胸部不快感が通常ではないので、外来にてモニター装着。
自分でAfと診断。
内科主治医に連絡
心電図、心エコー、採血(甲状腺機能)、
ホルター心電図施行

 

経過観察することに。
その後も、胸部不快感あり。

 

 

2月5日 別府大分毎日マラソン出場
スタートでは不整脈を自覚。 最初の給水で消失。以後自覚なしで、還暦別大ゴール

 

http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/030/849/47/N000/000/000/149839938886983143178_27A65412-91C2-4D7D-AD86-5150177A62A4(2).jpg

 

2月16日 再度Afを確認。 アブレーションを決断

 

 

 

<周術期>

 

ベプリコール(一週間前から休薬)
イグザレルト服用
4月7日(金)入院 剃毛・導尿
8日(土) アブレーション 仰臥位にて安静
9日(日)歩行可能
10日(月) 退院
術後 イグザレルト1カ月(3カ月を短縮)
    ベプリコール3カ月

 

 

 

<患者としての感想>

 

1)発作性心房細動を見つけるのは、困難なこともあるが、偶然発見することができた。
2)不整脈の根治療法が開発された。医学の進歩は著しい。
3)新しい治療法は長期予後がわかない。
4)術中の鎮静は大変ありがたい。今回、導尿が一番つらかった。 看護師さんはやさしかった。

 

 

« 2015年9月 | トップページ | 2018年8月 »

最近のトラックバック

2019年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ