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2014年8月

2014年8月 6日 (水)

剣岳

劔岳は、特別な想いのある山です。昭和58年の4月に婚約をして(大学院生でお金がないので結婚はできなかった)、Kと初めての山が、山岳部/牧稜山岳会の 5月の連休の合宿でした。劔岳です。この時期は富山県の条例で、事前に入山届けを出し、審査を受けて、県から入山許可がでます。長次郎雪渓をつめて劔の頂上へ。何度となく劔のピークをふんでおりますが、一般ルートから登ったことはなく、北方稜線から頂上にたっしております。5月の剱は、長次郎雪渓からが一番易しいのであります。最後はKとアンザイレン。コンテで頂上に立ちました。

 

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2012年の記録を残すために書いております。

Kは大学薬学部WV部時代に一般ルート(別山尾根)から登頂しております。

 

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今回の早月尾根が最初の一般ルートでした。7月に油断して、アイゼン/ピッケルを持たずに挑戦。伝蔵小屋から上部に雪がべったりと着いており、敗退。そのリベンジでした。

8月17日定時に職場を出ることができて、一路富山県は馬場島へ。22時着。ビールと酎ハイをあおり、イカスミ太郎号の車内で仮眠。暑くて寝にくい。それとシーズンで夜中にどんどん駐車場に車が来るので、1時間ごとに覚醒。

18日午前3時起床、4時出発の予定だが、2時半に目が覚め、午前3時30分出発。 ヘッドランプをたよりにいきなりの急登。しばらくすると、下山者が。午前2時50分から5人で登り出し、自分は不調の為下山すると。しばらくすると4人組に追いつき、追い越す。伝蔵小屋まで3時間ほとで到着。7月は雨で残雪があり3時間40分かかったことを思い出し、本日は快調であることを自覚。伝蔵小屋 でトイレをすまして、登り始める。

4時に出発したという、30才の若者が追いついて来た。5年ほど前に山登りを初めて、一年前から走り出し、この日の為にトレーニングを重ねて、初めての北アルプスと。お先にどうぞと言うも「ご一緒させてほしい」と。4時30分に出発したトレラン青年が追いついてきました。 彼も初めてで、後ろにつかせてほしいと。。。室堂と同じ標高になり、あれが薬師、こっちが小窓尾根。劔尾根、遠くに白馬と。解説しながら高度を稼ぐ。4人パーティーにも周囲の山々を解説。早月尾根から主稜線に出ると、別山尾根からの多くの登山者が。

ピークに午前9時17分着。「昔の山屋は、ピークで握手するんです」と若者とトレラン青年とがっちり握手。おにぎりを食べたり、写真撮影したり(残念ながらガスが湧いておりました)

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9時30分下山開始。そこからが、この日本一の長大な尾根の厳しい下りでした。サロマ100kmでトレーングしている立派はんらなら、ど~もないかもしれませんが、故障でほとんど練習ができておらず、「足のバネ」が残っておりません。11時15分伝蔵小屋に戻ってきました。そこでカップヌードルを食べ、三ツ矢サイダーを購入。スポーツドリンクなど3リットル持参しましたが、既に2.5リットル消費。非常食、ツエルトは持っておりますが、水分も非常用にと確保。そこからさらに1500m の樹林帯の下りです。何度かスリップ、尻餅をついてしまいました。足をぐねったりして歩行困難になったらシャレにならんぞうと、慎重に下りました。若者とトレラン青年は軽やかに下って行きました。シャリバテ(ガス欠)と言うよりも、疲労困憊。なんぼ糖分を摂取しても、体中の元気がすでに放出されております。気持ちだけを切らさず、二本の足を慎重に運べば、何時かは必ず下山できると。標高1000m地点のベンチを通過してやっとこさ余裕が。

そうなると、この特別な山。昭和58年、初めてのKをアンザイレンして、山仲間と劔のピークへ。その時の合宿の報告書を書いた、パキスタンの氷河に眠るT田君のことを思い出し、涙が溢れ出て来ました。14時10分馬場島着。標高差2200m、10時間40分の試練は終了しました。

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