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2010年6月11日 (金)

四国遍路(その1) 色即是空 空即是色

某氏からいただいた、「四国遍路の旅」にKと行ってきました。
1番(霊山寺)~13番(大日寺)まで、2泊3日の歩き遍路です。その様子は後日報告しますが。

その準備段階で、数冊のお遍路関係の本・般若心経の本を買い込み読みました。又、徳島入りしてすぐに、徳島県立図書館に行って(予想通り遍路コーナーあり)、興味ある文献をコピーしてきました。
鳴門教育大学の四国遍路の研究 「四国八十八ヶ所の総合研究」プロジェクト報告書1から
1)四国遍路史研究の課題をめぐってー霊場ネットワークの形成と巡礼行動についてー
徳島県立博物館 長谷川賢二
2)四国における大師信仰の構造ー阿波脇町における大師講と遍路ー
重本哲也

実際に遍路道を歩き、お作法通りお参り(もちろん般若心経を始めたどたどしく、もぐもぐとサンスクリット語を読みました)してきました。疲れて夜遅く帰宅したので~ 約10日たって、やっと思考できる状態に。

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メドックマラソン参加のボルドー旅行で、コートドカスティオンの別荘に泊めてもらい、そこからサルラへの一泊旅行。印象深い旅でした。そこで~。「中世」が残っているベルジュラックの村のチャーチ。




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ほんで~ 遍路道を歩きながら~ 日本と西洋について考えずにはおれませんでした。


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自宅に戻り、河合隼雄著「ユング心理学入門」を出してきました。
確か「西洋と東洋」のことについて書いてあったはず。

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P221より:ユングは自我が意識の中心であるのに対して、自己は意識と無意識とを含んだ心の全体性の中心であると考えた。自己は意識と無意識の統合の中心であり、そのほか、人間の心に存在する対立的な要素、男性的なものと、女性的なもの、思考と感情などを統合する中心とも考えられる。

ほんで~

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P277より:東洋人の意識は、その中に中心をもたず、無意識内にある自己を中心として、それに対して開かれており、意識と無意識の境界が明らかでないということができる。。。。

西洋人のほうは、自我を中心として、それ自身一つのまとまりをもった意識構造をもち、東洋人のほうは、それだけではまとまりをもっていないようでありながら、実はそれは意識の外部にある中心(すなわち自己)へ志向した構造をもっているということができる。

「一切空」とは、図17のように「自己を中心として開かれている→これが空」やったんやね。夢が無意識の世界に通じているのは承知のとおりですが、僧が修行中に見る夢に~大日如来が出てきて~ 結局、般若心経も南無阿弥陀仏も、南妙法蓮華経も~ 白日夢→無意識の世界:自己へ通じるための「アイテム」である。、今回のお遍路(その1)で般若心経を読んだ経験より考えたのであります。

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コメント

ファンガレィに来てから通っている英語の先生(80歳)はアーティストでもあり、哲学にも深い興味があり自宅で集まりを開いておられます。
その先生が今日、東洋と西洋の違いをちょうど話してまして、西洋人は個人主義であるのに対し、東洋人は”和”を大事にする、とか何とか、、、うまく言えませんがそんなことを言ってました。意識構造とはまた違いますかね
あ、報告があります。4月末から臨時職員で働いていた養護学校に、今月本採用になりました。新しい分野ですが、楽しんでいます。

ご無沙汰しております。以前このブログに書きましたが〜
母性原理に基づく「場の倫理」は、与えられた「場」の平衡状態の維持に最も高い倫理性を与える。一方、父性原理に基づく「個の倫理」は、個人の要求の充足や成長に高い価値を与えるものである。日本においては、場に属するか否かが倫理であり、決定的なのである。 河合隼雄より

「場の倫理」=「和」ですよね。
本採用おめでとうございます。新しいステップですね。

60000踏みました。

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