« 名山会 | トップページ | 喰もんネタ »

2009年7月10日 (金)

登山とトレイルラン:登山の古典を読んで

昨日、筋肉マン太足さんが、新田次郎の「剱岳点の記」と山と渓谷5月号を持ってきてくださいました。山渓に「登山者とトレイルランナーは共存出来るか?」と言う座談会がありました。

小生は、以前山登りをしていて、ランニングを開始しその後、登山道もフルマラソンをきっちり走りきる為のトレーニングとして、走るようになりました。来週も金剛山の登山道を走る予定です。

トレイルランレースは、里山か林道でやったらええ話し。登山道は、ランナーであれ登山者であれ、道の脇を踏みつけると荒れてしまいます。それを繰り返すと自然破壊になってしまう。

小生は「登山者」も「トレイルランナー」も同じやん と思っているんですが・・・

遊びの楽しみ「面白さ、質」を考えてみると、
登山をするものは、苦しまなければならない。しかしその苦しみから、力が(それは筋肉の力だけを言っているのではない、それ以上の力なのだ)生まれてくる。全体の機能が目覚めてくるのである。そして、そのように生まれた力から楽しみが湧き出てくるのだ。

登山という運動によって、肉体が生まれ変わったようになったことに誇りを感じる。山に登ったとき、目の前に展開される素晴らしい風景に、日の出や、落日の壮観に、また山や、谷や、湖や、森林や、滝の美しさに、胸をおどらす。しかし、私たちは登山によって男らしさを育て上げ、困難との戦いを通して、人間性の高貴な資質ー勇気、忍耐、不屈不撓の精神ーを作り上げることを、遙かに高く評価する。
(イカ注:1860年代のため登山は男性のみの世界のため「男らしさ」とうい表現になっている)

」の部分はアルプス登攀記 ウインパー著 浦松佐美太郎訳 より

登山もトレイルランも、「苦しみを克服し、困難と戦う」ことが、楽しみであり面白さであると。もちろんマラソンも。これは共通であって、同じこと。

タダ、僕が「トレイルラン」にあまり興味がわかないのは、山に登ったとき、目の前に展開される素晴らしい風景に、日の出や、落日の壮観に、また山や、谷や、湖や、森林や、滝の美しさに、胸をおどらす。 ココの部分が欠落しているからなんです。

「槍穂ラウンドone day ascent」は、一部走ったとしても「トレイルランの概念」ではなく、あくまでも「登山」なんですね。

« 名山会 | トップページ | 喰もんネタ »

マラソン」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 名山会 | トップページ | 喰もんネタ »

最近のトラックバック

2020年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ