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2008年11月27日 (木)

08年東京国際女子マラソン完走記 

今回のテーマソング「GIFT」 別画面で音声を聞きながら読んでやってください。

08年東京国際女子マラソン完走記    藤 恵子(Kちゃん)

Photo

Photo_2  よいよ、この1年間この日のことをずっと思い続けてきた一日が始まる。前日は大学受験の娘のことや、レースのことが気になってあまりよく眠れなかった。コンビニで買った、カーボ食を食べて競技場に向かった。代々木の国立競技場に着くと、ブレザーに白い帽子の沢山の大会役員、白バイ、報道、空にはヘリコプター、緊張感は徐々に高まった。知ちゃんにも会い、横浜旭走友会の礼子ちゃん(子供が小さい頃のお砂場友達:狭山遊園前に住んでいた)ともアップを済ませ、お互いのゼッケン番号でコールを受ける。

 Photo_3

国際ランナーがスタートした。トラックで先導していた渋井を応援してしまう。第一スタートが競技場を出て程なく遅れること8分で、第二スタートの号砲が鳴った。あらあらもうスタート。緊張する間もなく、私の最後の東京国際女子マラソンは始まった。ブラスバンドの曲に送られながら、競技場を2周。観客席のイカに手を振りながら 嬉しくて嬉しくて気持ちは高揚した。前が詰まって、走りづらい。トラック2周目で迎えた1キロラップは4分52。焦らない、焦らない、気温は15度、小雨も止み、風も気にならない。ここ数年の中で一番いいコンディションだ。競技場を出て 晩秋の外苑通りを走る。

去年は気持ちが先へ行ってバテてしまったので 今年は落ち着いて落ち着いて、と礼子ちゃんと約束した。体感・体感、下り坂のラップは4分21。

 

Photo_5 13kmの増上寺で Qちゃん、大出さん、かねやんのイケメン応援団、大学ワンゲル時代の友達、イカも「マイペースやで」と声援を送ってくれた。ありがとう。狭山池の朝焼けランで 時々ご一緒する東京単身赴任中のMichyさんもサプライズの応援を頂いた。横浜旭走友会の方も、名前の書いた旗を持って応援してくださった。しばらくみんなの残像をしっかり焼き付けながら、幸せな気持ちで前へ進む。

 

礼子ちゃんを見つけ、二人で「落ち着いて飛ばしすぎんとこね」と話す。一人で走っていたら、今のペースに不安になったところを随分気持ちが楽になった。折り返しまでは、焦ることなく信号の青を見続けながらラップを刻んだ。1キロごとの表示を見るのが早く感じられた。折り返しを過ぎ、八ッ山橋の登りに入る。礼子ちゃんが後ろからやってきた。「けいちゃん、もうこの坂終わりやから、大丈夫やよ。調子よく走れてるから大丈夫!」と元気づけてくれて、追い越していった。

 

旭走友会の「社長」さんも「前に付いてって~付いてって~」と応援してくれた。元気がでた。テンションは高く、気持ちも集中、東京のこの広い道を独り占めしている様な幸せな気持ちになって、恍惚を味わいながら駈けぬけた。「自分の周りの空気が動かないようなカプセル」の中に包まれて移動している、そんな感覚がした。

 

36キロ水道橋まで行けばみんなが待ってくれている。覚悟の登りの始まりだけど、頑張れる。水道橋を左に折れる角で、再び応援を頂く。「笑顔のゴールやで!、頑張れ~」ありがとうの瞬間、ピッチが速くなって、笑われたような。。 39キロ地点、アスファルトの色が赤く変わると、最後のきつい登りが始まる。

ここは沿道の応援も多い。「ここで 負けるなよ~。負けたら、今までやってきたことが無駄になるぞ~」という 声援が聞こえた。これは、どーんと胸に来て、よっしゃ~と元気が出た。ここから、気分は前のランナーを追い越し追い越し、そして最後、四谷3丁目の角を左に曲がると外苑の緑が、白い空気の向こう側にぼっと浮かんだ。暑い夏から狭山池で練習しながら 秋になったら東京を走り、早くこの景色に辿り着きたいといつも思っていた地点だ。あと1300という応援の声が聞こえた。狭山池ではあのあたり、と思った時、もう少し元気になった。マラソンゲートが近づいて 旭走友会のいしこチャンの白いジャケットが目に入った。「kちゃん 頑張って~!あっ、ペース上がった~」その声で さらに調子に乗った。

Photo_4 マラソンゲートをくぐった。あと、1周1/4。雨に光ったオレンジのトラックをオールアウトの思いでゴールに向かった。最後の直線で力尽きそうになったものの、両手を挙げて笑顔(気持ちは)のゴール。

記録は3時間20分19秒

 

待っていてくれた 礼子ちゃんと わんわんと子供のように泣きあった。「終わったね。終わったね。。」近くにいた松田千枝さん母娘の娘さんも一緒になって話をした。 「フルっていいですね。こんどまた、どこかの大会でお会いできたらいいですね。」と最後に声をかけてもらった。

 

いろいろな想いがあふれて トラックから離れがたい気持ちがした。春にはスピードを付けるため、ちょっと憂鬱だった木曜ナイトランも頑張った。 暑い夏から始めた狭山池のペース走、暗い内に目覚ましが鳴って えいやっと起きて狭山池に向かった。最後になってスピードが出なくなって、貧血の鉄剤も飲んだ。いつも 礼子ちゃんと もうちょっと、もうちょっとがんばろうね、って励まし合いながら練習した。この週末は、大学受験日で風邪まで引いて発熱していた娘を置いて、東京に向かっちゃった。

 

帰りの新幹線の中でお会いした女性ランナーは、名古屋の大学教授。弁護士で、2ヶ月前に手術してリハビリ、今日を走る為に頑張ったと聞いた。1000人の女性ランナーが、それぞれの事情を抱えながらスタートラインに立ち、ゴールを踏んだ。1年間、この日のためにそれぞれが時間を作り、他にも大事なことがあるだろう優先順位を、代えながら練習を積み重ねてきた。

 

独りよがりの成りきりテーマソングは、ミスチルの「gift」。色々な思いの詰まった、どきどきわくわくの発表会の08年11月16日だった。

 

今はせみが抜け出たあとの殻みたいで、気持ちは出てしまったけど、体の元気は充分に戻ってきた。目標だった20分切り。残った19秒を楽しく次に繋げるためにも、かめの子ペースでもう少しだけ頑張ろうかなあとも思う。ファンランもよし、タイムを狙うランもよし、自分のその時の想いで走るマラソンが、一番心に残るように思う。

 

本人以上に?盛り上がってくれたイカ、応援してくれた家族、一緒に練習してくれたり、励ましてくれたラン仲間、友達、色々な人に支えられて東京にやって来られた。沿道で応援していただいた人たち、サポートしていただいた役員の方、ボランティアの方、ゴールで大きなバスタオルを優しく掛けてくださった女性の陸連の方、最後は胸のゼッケンのチップを丁寧に外してくださった方。

 

 代々木の競技場を出て、増上寺、品川、折り返しの後の青物横丁、信濃町の大きな交差点、全てのコースの景色は忘れません。そこに身を置けた事の幸せや、応援してくれた全ての方々に感謝しながら私の2008年、最後の東京国際女子マラソンは終わりました。有り難うござました。

 

 

 

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コメント

読みながらうるうるきちゃいました。
がんばるって、こういうことなんですね。タニーケはあまい。

学生時代の「倶楽部」のノリですね。
我が家のリビングは「ミーティングルーム」
寝室は「部室」とよんでいます。

Kさん、私も読んでいて最後の方、自分のことみたいにうるうるきました。今週でウェリントンに来て1年です。日本を経つ時、精神科の復帰施設で働けたら、と思っていたのですが、英語は全く聞き取れず、喋る事もできず。何度諦めて日本に帰ろうと思ったことか。今、老人ホームでヘルパーの仕事をしていますが、やっと申し送りが分かり、同僚とコミュニケーションが取れるようになってきました。小松に入職したのは14年前くらいでしょうか、オペ室の人に「看護学校に行ったらいいやん」て言われて2度目の受検で合格(25歳の時から看護婦になりたかったけど、早く結婚したので子供が小さく夢を暖めていた)、41歳で准看護師に(英語が全然できなかった為、正看護婦の入試は諦めた)。大の苦手の数学は娘の教科書で勉強。実習で気に入った精神科で長く過ごし、小松にケアマネとして再入職。そして認知症にも興味を持ち、もっぱら「心の看護」を。今はパートで仕事しながらホスピス経営のショップで週1回のボランティア。日本にいる時から、何度も正看護師を取ろうと試みたけれど母子家庭で充分なお金がなく、定年まで何年働けるか(奨学金を返すのに等、考えて)諦めた。体が丈夫ではないので、将来はオフィスワークを考えているけど、時々「遅すぎるという事はない」と言われると、最後まで決して諦めることなく精神科看護婦への道を歩んで行こうかな、と。「人生にGive up 」したくない。KさんのRUNを見習って、いつか日本から持参した聴診器を首にかけられるように、もうひとふん張りしてみようかな。

Mayumiさん
完走記、読んで頂いて有り難うございます。
Mayumiさん、凄いです。41才で准看になり、ケアマネとして仕事をして、言葉の違う国に飛び込んで、働いて、ボランティアして、、、
充分、踏ん張られてますよね。「人生にGive up」は、いつでも出来ると思います。でも体が元気で、これからを迷ってるうちは もう一踏ん張り 前に進みたいですね。
私なんて精神的にへなちょこなんで、遠いNZで頑張っているMyumiさん、素晴らしいと思います

こんにちは。早速読ませていただきました。思い出しました、あの日の事を。
すべての事柄に感謝できるようになった一日でしたね。思い出すとキラキラ光っていて私の一生の中でも輝く一日の一つだと思います。あの日に向けて頑張ったこと、お互い忘れられないものになりそうですね。またどこかでお会いできること楽しみにしています。
出会いをありがとう。

こうめさん
ありがとうございます。そうですね。
「あの日に向けて頑張った」から 輝く1日もあったし、みんな 初めてお会いしても 何も話さなくても
不思議な連帯感がありましたね。
どこかでお会いできる日を楽しみにしています。
こうめさんも 北海道の大自然の中、仕事に遊びに人生を目一杯、楽しんで下さいね。

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