2019年5月 6日 (月)

心房細動・カテーテルアブレーション後のマラソン その4

念願の「還暦」「心房細動・カテーテルアブレーション」「別大完走」が実現しました。

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3時間28分32秒 ネット3時間27分47秒

これで現在の要項であれば、2021年:64歳までエントリーできます。

これから、心房細動でアブレーションを受けるかどうか、考えておられる運動愛好家の参考になればと、アップしました。

 

 

2019年1月 6日 (日)

フルマラソン練習法

<フルマラソンの練習法>

Kは2004年の淀川市民マラソン、加古川マラソンで3時間30分を切りをして、東京国際女子マラソン(一般の部3時間30分・国際の部3時間00分)の出場を資格を得ることができました。本格的に練習するために、イーアスリートに入会し、鈴木彰氏の指導を直接うけることにしました(有料)。毎週メールのやり取りで、指導を受けていました。その後ねらったレースは取りこぼしなしに、3時間30分切りを続けてきました。
2015年以降は故障と不整脈で、走れなくなりました。やりすぎにご注意ください。

Img020               <東京国際女子と別大はグロス>

eA式マラソントレーニングの本は、市販されています。
Kのコーチを15年近く行い、体験したことをお話します。

 トレーニングの基本的考え方(イカちゃんの私見を含む)
1)個人差があるので、万人に共通の練習法はない。

2)年齢は大きな要素である。(スピードと練習後の回復力)

3)ウルトラも、トレイルランも楽しみたいのであれば、フルでベストのパフォーマンスを得ることは困難(楽しみ方は人ぞれぞれ)。
4)レースは秋と春の2本に決める(予備に入れるのは可)
5)レース数が倍になると、達成感は半減する。

 具体策(例)
1)期分けをする。(プロジェクト
320完遂記参照)
5
月・6月は、LSDと坂道ダッシュ、510kmのレース
7
月は、金剛山とか滝畑ダム。トレランではい。金剛山では下りは歩く。年齢とともに、下りで故障しやすくなる。
8月からは、狭山池で距離走を行う。体感重視。
20kmから。eAトレーニング表を参照。
9月 30km・35km・40km(レースペースの8085%)
10
30km・35km・40km(レースぺースの9095%)
11
月 疲労抜き、スピードトレ、調整する。
そして秋のレース(大阪、神戸、福知山など)

2)「余裕度」を重視して、追い込んだトレーングをしない。毎週練習するのであるから、疲労をためない。追い込んだから、トレーング効果があると言うわけではない。

3)短く、速く走る練習は不要。イーアスリートに入会する前は、Kのパタパタ走りを修正するために狭山池ナイトラン(チームK)1000×4本のインターバルをしていた。そうするとK352秒までタイムが上がったが、フルマラソンのタイムとは関係がなかった。

4)距離走だけでなく、週一回のミドル走(1215km)を必ず行う(最後はレースペースのマイナス10秒。できればLSDもできると完璧である。LSDもやり過ぎない。

5)1~2カ月に一回血液検査を行い、貯蔵鉄(フェリチン)を測定する。鉄のサプリを服用する。


<プロジェクト320完遂> ランと山登の日誌 2009217

ランの楽しみ方は個々人それぞれ。ファンラン中心でレースでそれなりに走るのも楽し。フルとウルトラを取り 混ぜてワイワイ遠征するのも楽し。トレイルラン中心の山走りも楽し。マスターズに登録し、トラックをおりまぜた本格的ランを追求するのも楽し。レースには ほとんど出ずにマラニックを楽しむのもよし。
イカ&Kは、「フルマラソンをきっちり走りきること」に楽しみを見つけています。

週末の「距離走」、月2回のチームK練習会(木曜ナイトランIN狭山池)と狭山池を中心に練習しており、狭山池の皆さんには仲良くしていただいております。

このたび昨日の09215日泉州国際市民マラソンで「プロジェクト320」は完遂しました。この1年間の練習内容を詳しく(長文でごめんなさい)ご報告いたします。

「フルマラソンをきっちり走りきる」を目的にしておられる方の少しでも参考になればとまとめました。

まとめてみて、よくもまあ。。。一年間こんだけモチベーションがたもてたなあ。。と我ながらびっくりしました。Kがもう少し若かったり、もう少し身体能力が高かったら、これだけの練習をしたので、3時間一桁ぐらいまでいけたかもしれません。が!これだけは克服できないことなのであります。ただ、これだけのモチベーションがたもてたのは、「東京国際女子マラソン」に出場できるということの意識がおおきかったのだと思っています。そういう、大会がなくなってしまったのがとても残念です。Kレベルのランナーがエントリーできる国際大会の存続を期待しています。

2001年長野マラソンで初フルを4時間46分54秒で完走したKは、昨年の泉州国際市民マラソンの時、自己ベストを更新し3時間2216秒でゴールしました。その持ちタイムで、08年東京国際女子マラソン(最終大会)にエントリーすることができました。

08
3月から「プロジェクト320」を立ち上げ、東京国際女子で3時間20分切りをねらうプログラムで始動しました。

4
月・5月は、芦屋ファンラン・堺シティーマラソン・三塚マラソン(4341秒で自己ベスト)と10kmレースを3本走りました。

その後は、チームK練習会(木曜ナイトランIN狭山池)でもスピードを追求するランは封印し、6月は土台を強化するためにLSDと、狭山池の外側のスロープを使った、もも上げ・坂道ダッシュにて筋力補強を行いました。7月に入ると暑くなりなかなかペースを上げることはできませんが、週末の朝に狭山池で20km走から開始しました。関東と違い、特に大阪の夏は異常に暑いので、「体感」を重視しタイムにはこだわりません。「追い込んではいないけれど、 LSDほど楽ではない」「余裕度を体感」しながら走るペースです。そのペースで20kmから週1回始め、8月の最終週には30kmまで距離を伸ばしました。
9
月から本格的な走り込みです。毎週末に30km・35km・40kmと距離を伸ばし、その後ややスピードを上げて再度30km・35km・ 40km(10月の第一週)と6週間の走り込みを実施しました。ミドル走の封印を解き、チームK練習会(木曜ナイトランIN狭山池)でも440秒ペースで走り出しました。
30km走の例>
9
20  26:30 26:06 26:08 25:55 25:46 25:06 (給水タイム含まず)
10
11 25:25 24:57 25:04 25:09 24:54 24:16 (給水タイム含まず)

ところが!
11
16日の東京国際女子マラソンに向けて1ヶ月前の1018日に3回目の40km走をする予定でしたが、33kmで「余裕度ゼロ」となり、伴走していた「いかコーチ」が35kmで打ち切りを宣言しました。

その後1023日は雨の予報だったので、Kは仕事帰りに一人で狭山池で12kmのミドルを開始しましたが、44050秒どまりでペースが上がらず。

「スピードが上がらない」という報告を聞いたとたん、貧血だとすぐに気がつきました。
http://ikachan42195.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-bc39.html
貧血に陥っていても、強度の低いロング走では顕著にその症状が現れてきません。ミドル走のスピードダウンで判明しました。
一旦陥った貧血は「食事療法」や「サプリメント」では回復は不可能で、「治療」が必要です。その治療(鉄の注射)と平行して、ランは継続しました。

10
25日は大泉で30km走。
23:51 23:51 23:55 24:00 23:56 23
58 (給水含まず)「いかコーチ」の見事な伴走でしょう。これが最後のロングです。

11
2日に淀川市民マラソン(ハーフ)は1時間34分でした。(昨年より1分遅い)

その後貧血の治療も平行して行い、116日に特別ナイトラン(10km)を行いました。
4:14 4:14 4:16 4:19 4:20 4:21 4:22 4:22 4:23 4:17
 10km:4314秒で 10kmの自己ベストを練習で更新しました。

レース1週間前は「速くもなく・遅くもなく」の20kmをこなし、東京国際女子マラソンに望みました。

11
16日の東京国際女子マラソン
22:57 23:07 23:32 23:42 23:45 23:53 24:16 24:53 10:14
中間点1:38:34  ゴール3時間2019秒(グロス) 残念ながら19秒残してしまいました。

数ヶ月をかけて積み上げて準備してきたレースを走ると「オールアウト」となりまた一からの積み上げです。と言っても夏前からの「地足」はできています。レース後11月は休養し、12月からまたLSD。1213日に20kmの距離走から開始です。
12
20日 25km
12
27日 30km
1
2   35km
1
11日 30km TB大泉ペース走
1
17日 40km
25:04 24:59 24:57 25:03 24:57 25:05 24:38 24:27
3
時間1910秒(昨年3時間1925秒)40km走のベストです
1
25日 大阪ハーフ 1時間34
2
1日  南大阪駅伝

残念ながら1月に入り、「諸般の事情」にてナイトランの参加が困難で、「ミドルペース走」が出来なかったのです。
そこで、27日は20kmビルドアップにしました。24:49 24:23 23:14 22:14
で、本番を迎えました。

スタート地点を初め、コースの各地で大勢のラン仲間・遊び仲間からの声援に後押しされハーフの通過が1時間3729秒 ゴールが3時間1901秒(ネット3時間18分39秒)で、 「プロジェクト320」は完遂しました。
23:00 23:08 23:20 23:16 23:19 23:28 23:45 24:52 10:53
東京国際女子・泉州とも(福知山もそうですが)、最後に登りのあるタフなコースですね。

一緒に練習していただいたり、伴走していただいたり、励ましのお言葉など暖かいご支援により達成することができました。本当にありがとう御座いました。

ケイちゃんの東京国際女子マラソン完走記

2018年11月26日 (月)

心房細動・カテーテルアブレーション後のマラソン その3

62歳のおっさんが、3ヶ月の練習で3時間30分切りを達成できました。

 

 

ケイちゃんが2005年から最終回の2008年まで東京国際女子マラソンを4回走り、完走しました。その間、eアスリートに所属し練習法を教えてもらいました。現在はその内容が出版されています。

 

Index

 

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8月は80.6kmしか走っていませんでした。(黒部源流薬師沢右又日帰り単独遡行はしましたが)11月25日の大阪マラソンにあわせて、9月から本格的練習を開始。無事3時間26分03秒で完走できました。その要点をまとめてみました。

 

 

30km→35km→40kmを2クール繰り返し、木曜日は月二回ミドル走。残り一ヶ月は疲労抜きと調整。ピークをレースにあわせることができました。

 

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9月15日 30km 6分12秒ペース

 

9月22日 35km 6分22秒ペース(蒜山でアップダウンあり)

 

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10月6日   40km 5分42秒ペース

 

10月13日 30km 4分59秒ペース

 

10月20日 35km 5分15秒ペース

 

10月27日 40km 5分14秒ペース

 

46678163_1786099611500491_3697668_211月4日 ハーフマラソン 4分46秒ペース 1時間38分18秒
11月8日 木曜ナイトラン12km 4分32秒ペース

 

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2018年8月18日 (土)

心房細動・カテーテルアブレーション後の山登り その3

<薬師沢右俣単独日帰り遡行:そーいうことだったのか>

 

 

沢登りをするのに「地図」があります。「遡行図」と言います。薬師沢左俣、赤木沢は、ネットでしらべても多くの記録がヒットしますが、「薬師沢右俣」はほとんどありません。黒部の山奥まで来て、薬師沢右俣に行く沢屋はいないのか? 

 

 

ボクは、山登りを初めて43年。「赤木沢」が日本国でいっちゃんキレイな所だと思います。黒部源流の山深いところ。通常、一日では到達しません。今回の薬師沢右俣も、通常日帰りはかなりハードルが高い。

 

 

初見の沢なので、イザと言うときに懸垂下降ができるように、ハーネスとザイル、エイト環持参しました。山深いところなので前日に「プレッシャー」あり。その緊張感があとになったら「イイですね」と言えます。

 

 

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折立に下山して、愛知大学の遭難慰霊碑に参拝しました。

 

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午前3時15分 折立
5時35分 太郎平
7時00分 薬師沢第3渡渉点から入渓
7時35分 ミニゴルジュ
8時15分 ナメ
11時00分 稜線
12時30分 太郎平
15時00分 折立
11時間45分の完全燃焼

 

核心部が少なく、赤木沢に比べて沢としての魅力すくなし、源頭部がガレで延々と続き、体力勝負・精神力勝負。こら〜わざわざ沢屋はいかんやろう。なので「遡行図」が存在しない。

 

 

 

 

「すべてのシリアスランナーに警鐘をならしたいと思います(経済評論家:内橋克人風)」

夫婦で心房細動になったランナーより

 

昨年の4月8日に発作性心房細動(PAF)でカテーテルアブレーションを受けました(小松病院)。ケイさんもPAFであることがわかりました。

 

夫婦は遺伝子を共有しておりません、食生活は一緒ですが、「きっちりフルマラソンを走りきる」ことを楽しみに、約15年間走り続けてきました。ケイさんはおそらく6万キロは走ったでせう。心房に常に強い負荷がかかっているだろうと、循環器内科医。

 

 

 

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なかなかいつ起こるか分からない発作性「心房細動」をとらえることは難しい。触診でかなりわかるのですが、なれていないと難しい。24時間心電図をつけても、その時に出ていなければ検出できません。このオムロンの家庭用。液晶では見にくいのですが、プリントアウトするとよくわかります。数万円の投資が必要ですが、心房細動→脳梗塞→寝たきり・葬式代を考えると安い。「今日は心が折れて走れなかった」場合、実は不整脈で走れなかったのかもしれません。

 

 

 

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心房細動・カテーテルアブレーション後のマラソン その2

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平成30年2月の第67回大会の別大マラソンは、カテーテルアブレーション後の初のメインレースでした。

 

 

なんとしてでも完走するという強い意志のもと、平成29年12月に走り込みましたが、30km手前で、ふくらはぎに痛みが、2回出現。それでも月間走行距離は280kmまで伸びました。

 

 

年を越して30年1月に痛みが続くので、MRI撮影。「不全断裂」の診断。別大はDNSと覚悟したのですが、せっかくなのでスタートラインには立とうと、スタートしましたが、やはり、25kmでふくらはぎの痛みが強くなり、棄権しました。 残念ながら、「還暦・心房細動・アブレーション後」の別大完走を実現したかったのですが。。。

 

 

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2017年12月 3日 (日)

心房細動・カテーテルアブレーション後のマラソン その1

4月8日の発作性心房細動のカテーテルアブレーション治療後、経過は順調です。

 

2017月10月8日
<龍馬脱落マラソン>
42km走するつもりで、足を温存しながらの登り。んが、7kmでふくらはぎに痛みが。3km我慢したけど10kmで途中棄権。
2006年の泉州マラソン。30kmを2時間04分で通過。余裕あったのに、そこからの登りで、ふくらはぎをいわして、歩き。それを思い出して、棄権したので、シーズンは終わらないと思ふ。歩けるし。

 

 

 

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10月29日
<金沢マラソン>
昨年の年代別6位が3時間27分だったので、入賞ねらいでエントリーしたが。。龍馬脱藩マラソンで故障したので、42km走として、走りだす。
<最後尾作戦成功:7000人抜き>

スタートしても、前がつかえてキロ7分ペースしか走れない。これがいいんです。前に整列すると、集団で移動するから、走りすぎる。案の定3kmでふくらはぎが張ってきました。深いところに違和感が。やっぱしダメかなぁ。もう少しもう少しと、10kmで違和感消えてきました。それからも、ペースを上げずにエイド食べながらゴールまで。7000人抜き。ケニアガル高校出身の駅伝選手と桁が違うぞ!笑

 

 

 

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11月5日
<淀川市民マラソン(ハーフ)ペースメーカーは15kmまで>
11月26日の大阪マラソンのための練習レース。1時間40分(キロ4分40秒)のペースメーカー。15kmでペースメーカーが失速。グッチさん(1時間39分)、ケイちゃん(1時間38分)は無事完走しました。
ムーさん、ハイヂさんは、年代別優勝。おめでとうございます。ハイヂさんは、2位に7分差の圧勝でした。

 

 

 

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11月26日 
<大阪マラソン:家内のケイさんの伴走:復活傾向だが、取りこぼし>

2015年の2月の別大後、故障したケイさん。2年半ぶりに3時間30分切り(グロスタイム)をねらい、スタートラインに。春から、やるべき事はすべてやりました(eアスリート方式)。残念ながらスタートはCゾーン。号砲がなってスタート位置までくるロスタイムが約2分30秒〜3分とかんがえておりました。予想通り2分27秒のロスタイム。嘘つきの自己申告ランナーがかなりいるので、スタートしてもペースがあがりません。3時間24分ペースが4分50秒。それをすこし越えるタイムを設定しており、「伴走職人」は走りました。中間点を越えるところで、3時間30分のペースメーカーに追いつき、給水点で、追い抜きました。積極的、攻撃的にケイさんは走ります。30kmで、余裕度アリと見たのですが、、。さすがに、2半半ぶりのガチのレース。

 

フルマラソンは、事前にレースタイムで42kmをはしることができません。ゴール直前に、足が攣る事はいままでにもあったようですが、35km手前で、足に痙攣が起こり、失速。心肺は心配なかったようですが、残念ながらの、初めての取りこぼしレースでした。

 

10km手前では、長女のタカコンと孫の弾丸ハルトマンが応援してくれました。(娘婿は当直ごくろうさん)。孫もできたし、2年半の「加齢」と「ガチレースなし」で、頑張ったと思います。来年2月の京都マラソンにむけて、「修正」していきます。

 

その後「たよし」の飲み会は大盛況。やっぱり遊びは「真剣」にせんとおもろないという結論になりました。

 

 

 

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心房細動・カテーテルアブレーション後の山登り その2

4月8日の発作性心房細動のカテーテルアブレーション治療後、経過は順調で、今シーズン3回目の北アルプスでした。

 

2017年㋇26日

 

<槍穂ワンディ敗退記:もうろくジジイになったな>

昨年の劔ワンディ仲間から、アッキーとくろちゃんが参加。黒部源流赤木沢は偵察に行って、核心部の大滝のまき道のルンゼが崩壊して突破するには、もう少しクライミング技術がいりそうなので、槍穂ワンディに変更したのでありました。お二人とも、フルマラソンは3時間一桁。比叡山のトレランレースに出たりしています。

 

ジャヌー北壁やカンチェンジュンガ北壁を登攀した、東京医科歯科大学山岳部の坂野俊孝は「登れるドクター」と言われていました。
くろちゃんは、今年御岳160kmを走って、2週間後の富士山登山競争を完走している「走れるドクター」。 

 

8月25日 大阪〜上高地〜横尾
26日 横尾(1時45分発)〜槍平(2時55分)〜天狗原分岐(4時30分)〜天狗原(5時15分)〜天狗平分岐(5時50分)〜槍肩の小屋(7時15分着〜9時00分発)〜天狗原分岐(10時40分)〜槍平(12時15分)〜横尾(13時25分着)〜徳沢園泊
27日 徳沢〜上高地〜大阪

 

 

 

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午前1時起床でヘッドランプを付けて、1時45分出発。途中から強雨となり、ペツルの強力なヘッドランでも、前方が見えにくい。眼鏡が曇り、眼鏡を時々なめながら歩く。冬にこれをしたらドツボです。天狗原分岐で、地図はみているんだけど、な〜んも考えずに、90度間違えてしまいました。どんどん歩いて、天狗原まできて、道間違いに気づき、引き返す。1時間20分のロス。稜線に近づくと、強風で、濡れた体に吹き付け体温が低下。肩の小屋に入り、カップヌードルを食べ、ストーブにあたる。加古川マラソンの参加賞のTシャツは、ニッケが作って「毛」が混ざっており、信州大学山岳部が海外遠征で使用している素材とほぼ同じと聞いております。ボクとアッキーはそのTシャツを着て、さらにボクは山シャツをきていたので(体脂肪率もあるか)、体温低下は軽度でした。トレラン用のうすいシャツと雨具のくろちゃんのダメージが一番大きかった。

 

 

 

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風は強いが、天候が回復してきたので、初見のアッキーは穂先に。縦走はあきらめ、下山開始。これまた、な〜んも考えずに、東鎌尾根を歩いてしまいました。殺生小屋に降りる道、ヒュッテ大槍から降りる道があるのを知っているので、殺生小屋経由で下山。天候がどんどん回復して青空になる。体温ももどり、元気に下山したのでありました。11時間25分の試煉でした。

 

 

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2回も道をロストして同行のメンバーに迷惑をかけました。もうろくジジイになったなあ〜。慢心せずに山登りはせんとあきませんね。

 

これで山のシーズンは終了。

心房細動・カテーテルアブレーション後の山登り その1

4月8日にアブレーションを受け、その後不整脈の自覚なし。心電図異常なし。
抗血栓療法薬であるイグザレルトは術後3カ月服用し、終了

 

2017年7月16日
蝶ヶ岳〜常念岳 日帰り登山 10時間10分の試練でした。

 

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㋇7日
<黒部源流赤木沢日帰り単独沢登り報告>
2010年はケイさんと、2011年は、職場の山好きとか福井の児玉さん達とかを、赤木沢に案内したのですが、今回の偵察での結果です。

 


黒部川本流の巻き道は、崩壊しておりますが、登ることができました。ゴルジュを突破できないか、いろいろ偵察したのですが、水量が多くて、小生単独の力では突破不可能と判断して結局巻きました。
ケイさんといった時の巻き道は消えておりましたが、本流に下降できました。ちょとバランスが必要でしたが。

 

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ほとんどの滝が登れて、さすがに「日本一美しいところ」と言われてるのは、よく理解出来ます。素晴らしい所です。赤木沢の核心部は大滝の巻き道のルンゼです。草付きを登るのですが、登って行くと途中の岩が崩壊しておりました。

だれかのプレゼントでしょうハーケンが打ってありシュリンゲがかかっています。ハーケンはあたらしくて、しっかりしておりました。そのシュリンゲをつかんでも、登れそうもありません。ランニングビレー用でしょう。その横の草付きにわずかに踏み後があり、だましだまし、そろ〜と不安定な足場に体重をかけて突破できましたが、ズルっといけば死んじゃいます。そこを抜けてのトラバースも一部いやらしい。
盆休みにもう少し人が入って、踏み跡がしっかりしてきたら、もう少しましになるかもしれませんが。

5~6年前と比べて、難易度がアップしておりました。本日お昼に、◯◯山岳会で昨年赤木沢に行った、職員の女性に聞きましたが、やっぱり何か所かで、ロープで確保してもらって登ったと言っていました。この女性は、この6月に白馬岳の主稜(雪稜)に行くと言ってっておりました(悪天で中止)ので、クライマーとしてのトレーニングをしております。
当日、薬師沢で赤木沢の準備をしているのは単独行は、ボクをいれて3人。あとは4~5名のグループ。ボク以外は全員ハーネスをつけていました。ボク以外の単独行の人の、歩き方、登攀能力を観察していましたが、クライミングが上手でした。

 

 

 

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以前より、大滝の巻き道のルンゼの岩の崩壊により、難易度があがり、今回の赤木沢ですが、ボクの力量では、案内に自信がなくなりました。偵察に行ってよかったです。同行予定の某ランナー達は子供さんが小さいので、墜落してもらうわけにはいきません。

 

 

 

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やっぱり沢は、いかに初級とは言え「バリエーションルート」で、ルートが崩壊しても補修もなく(もともと道標も目印もない:当たり前)自分でルートファインディンクしていく(そこがクリエイティブ)、そこに行ける力量をもつことに努力することが面白い(マラソンのタイムをねらうのと一緒)。ランがメインでゲレンデでクライミングの練習もせずに(体力的にはありあまりますが)、現在の赤木沢はリスクが高いという結論になりました。

 

14時間40分の試煉と楽しみでした。

 

1:00  起床
2:00 折立出発
4:40 太郎平着
5:00 太郎平発
6:20 薬師沢着
6:45 薬師沢発
8:40 赤木沢出会
10:30 大滝上部
12:30 縦走路
13:10 北ノ股岳
14:15 太郎平
14:30 太郎平発
16:40 折立

 

 

心房細動・カテーテルアブレーション・マラソン

2017年に発作性心房細動を確認。その後アブレーション治療(自分の勤務する小松病院にて)を受けました。治療を受けるにあたり、心房細動でアブレーションを受けられた、ランナーのブログが参考になりました。その恩返しに、自分の体験談をアップさせていただきます。

 

60歳 男性
既往歴:50歳より高血圧症にて内服加療
現病歴:20歳頃、健康診断にて不整脈を指摘される。(VPC、SVPC)

 

以後、検診にて不整脈が検出される時とされない時あり。30歳代でホルター(問題なし)

 

時々胸部不快感あり。触診にて不整脈を確認していた。
数年前より、不整脈で走れないことが、2~3カ月に一回程度あり。

 

2019年1月16日朝、胸部不快感が通常ではないので、外来にてモニター装着。
自分でAfと診断。
内科主治医に連絡
心電図、心エコー、採血(甲状腺機能)、
ホルター心電図施行

 

経過観察することに。
その後も、胸部不快感あり。

 

 

2月5日 別府大分毎日マラソン出場
スタートでは不整脈を自覚。 最初の給水で消失。以後自覚なしで、還暦別大ゴール

 

http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/030/849/47/N000/000/000/149839938886983143178_27A65412-91C2-4D7D-AD86-5150177A62A4(2).jpg

 

2月16日 再度Afを確認。 アブレーションを決断

 

 

 

<周術期>

 

ベプリコール(一週間前から休薬)
イグザレルト服用
4月7日(金)入院 剃毛・導尿
8日(土) アブレーション 仰臥位にて安静
9日(日)歩行可能
10日(月) 退院
術後 イグザレルト1カ月(3カ月を短縮)
    ベプリコール3カ月

 

 

 

<患者としての感想>

 

1)発作性心房細動を見つけるのは、困難なこともあるが、偶然発見することができた。
2)不整脈の根治療法が開発された。医学の進歩は著しい。
3)新しい治療法は長期予後がわかない。
4)術中の鎮静は大変ありがたい。今回、導尿が一番つらかった。 看護師さんはやさしかった。

 

 

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